05
言った、言ってしまった。
しかし、東雲が今どんなカオをしているのかは、ぼくにはわからなかった。何故なら、ぼくはそれを見るのを拒否するように、固く目をつぶっているからだ。
でも、目をつぶってしゃべるのもおかしいので、ぼくは意を決してかっと目を見開き、しかし、決して東雲を視界には入れないようにして、ただ真っ直ぐ前を向いて続きを口にした。
「ぼく、貧乳が大すきなんだよね! あ、といってもロリはダメだから。あれはこれから成長して大きくなる可能性があるからね。ぼくがすきなのは、東雲みたいに成長期が終わって、もうこれ以上胸が成長しないってわかってる完全な貧乳なの。東雲はどうだかわからないけど、それを気にしてるのもいじらしくてよし! 開き直って『貧乳はステータス!』とか言うのもよし! あと、年上のキレイなお姉さんに『気にしてるのに!』とか言われたら激しく萌えるね! めちゃくちゃかわいくない? 仕事とかバリバリできて、性格とかは完璧なのに、胸にコンプレックスを抱いている……うわああああ、想像しただけでかわいい! もうさ、あの控えめなふくらみがたまらないよね! たまに谷間ができてると悶え死にそうになるんだよ。できることなんてほとんどなから、それこそ希少価値が高いし。もちろん絶壁でもぼくは全然構わないよ。むしろあのストーン! ってのが潔くて気持ちいいよね。巨乳は目のやり場に困るから嫌なんだよねえ。あ、でも、貧乳だって胸元が大きく開いた服とかだとすっごいドキドキするんだよ。あの隙間がたまらないんだよねー。胸は小さいけど、妄想はふくらむと、い、う……?」
はっと我に返ってみると、東雲のほうからは何の音も感じられない。気配すらないように感じられたので、まさか帰ってしまったのか? と思い、焦りながら顔を動かすと、
「……」
東雲が、真顔でこちらを見つめていた。
真顔というのは一番困る。だって、何を考えているのかまったくわからないのだから。いっそあからさまに嫌そうなカオをしていてくれたほうがまだましなのではないだろうか。
「あの、東雲さん?」
「……はい」
あ、よかった。一応反応してくれているということは、彼女にはぼくがきちんと見えているし、声も聞こえているということだ。もしかしたら、ぼくなんて見たくもないし、声も聞きたくもないのかもしれないけれど。
「あの、何というか、ごめんなさい」
「……」
とりあえず謝ってみたが、再び沈黙してしまった東雲。うわあ、死にたい。絶対怒ってるよ、これ。
そりゃそうだ、こんなやつ、気持ち悪いに決まってる。何で言っちゃったんだろうな、ぼく。ああ、こんなんじゃあ別れを切り出されても仕方ない。覚悟はしておくか――
「すごいですね」
「へ?」
ハンバーグの感想をもらったときと同じくらい、いや、告白の返事をもらったときと同じくらいの意外すぎる言葉にぱっと顔を上げると、東雲はやはり真顔のままこちらを見つめ、口を開いた。
「貧乳についてそこまで熱く語っている人を初めて見ました。狂気を感じます」
「きょ……?」
「それに、熱すぎて素直にありがとうとは言えませんね。逆に引いてしまいます。もしくはバカにしているように思えなくもありません」
「バカになんてするもんか! ぼくは貧乳に敬意をはらってるくらいなんだからね! 貧乳はステータス! この言葉を考えたやつは偉大だ! 貧乳は素晴らしい! あの小さなふくらみに、大きな夢が詰まってるんだ!」
「……」
「あ」
またやってしまった!
うわああああ、バカじゃないのか、自分! さっきので学習しろよ! 今度こそ完全に引かれた。「小さなふくらみに大きな夢が詰まってる」とか上手いこと言ってんじゃねぇよ! とセルフツッコミを入れてる場合ではない。今ならマジで死ねる。むしろこの屋上から飛び降りて死にたい!
「ふ」
「え?」
抱えていた頭を東雲のほうに向ければ、口に手を当てていた東雲がさっと目をそらした。え、今、東雲が笑って……?
「鷹羽さんって、面白いですね」
「そう、かな?」
「ええ」
口に手を当てたままこくり、とうなずく東雲。どうやら面白いという言葉はウソではないらしい。ただし、おそらくそれは「笑える」という意味で、だろうけど。
でも、一応彼女はぼくのこの性癖を聞いても引かないでくれた。ならば、少しくらいは踏みこんでも大丈夫だろうか。
「ち、ちなみに東雲は自分の胸のことはどう思ってるの?」
「特に気にしていません。でも、そんなふうに言われたら、逆に気にしてしまいますね」
「いや、それ大歓迎だから」
「……」
「ウソウソウソウソ! いや、貧乳がすきなのは本当なんだけど……あの、ごめんなさい」
「何故謝るのです? すきならそれでいいんじゃないですか」
「怒らないの?」
「わたしが貧乳なのは事実ですし、鷹羽さんはそれをすきというだけで、何の罪もありませんから。それに、鷹羽さんの新たな一面も見せてもらいましたしね」
「それは嫌味ですか……」
がくり、と肩を落とすと、東雲はまたぼくから顔をそむけ、口に手を当てて肩を震わせていた。どうやらこれが東雲の爆笑らしい。笑われているのは少しショックだけど、東雲もそんなに笑うことがあるということがわかったので、ぼくはおおむね満足だった。それに、貧乳好きでもいいって言われたし。何だか付き合ってるっぽくなってきたぞ。
――でも。