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ハーレムは彼女のモノ!  作者: 久遠夏目
Ⅰ ぼくと彼女の約束
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03

「相変わらず早いな、東雲」


 翌日の昼休み。昨日と同様に屋上へ行くと、昨日とは違い、東雲が先に来て待っていた。どうやら今日はお母さんお手製の弁当を持参しているらしく、購買に行く必要がなかったようだ。

 ひざの上にそれを置いていた東雲はこちらを向くと、ぼくが駆け出しそうになるのを制止して、


「鍵を閉めてください」


 と静かに言った。ぼくは「あ、はい」と素直に従って、ガチャリと鍵を閉める。ふう、危ないところだった。

 そして、もう一度東雲のほうを振り向くと、東雲は早くも弁当の包みを開いているではないか。先ほども教室で四限終了のチャイムと同時にぼくが振り向くと、やはり昨日と同様に、早くも彼女は教室から姿を消していたのだが、どんだけ早くお昼が食べたいんだよ。どんなに早く来ても、ぼくが来なければ食べられないのに。

 これはまさか早く来い、という無言の圧力なのか? いや、でもただ単に一人で食べていたときの習慣が残っているのかもしれないし……ああ、東雲に対する想像が尽きなくて、自分で自分がこわい。ていうか、微妙に気持ち悪い。

 まあ、それはさておき、昨日と同じベンチにぼくが腰を下ろしたときには、東雲の弁当のふたが開かれ、右手には箸を持ち、食べる準備は万端のようだった。そうか、ならば食べさせてやろうではないか。


「じゃーん!」


 おそらくぼくが弁当を出すのを待っているのであろう東雲に向かって、ぼくは得意気に一つのタッパーを取り出してみせた。しかし、東雲はそれをきょとんとしたカオで見つめるだけ。しかも、しまいにはかくん、と首をかしげ、


「何ですか? それ」


 と尋ねてきた。本当にこれが何かわかっていないようだった。その仕草がかわいくて、つい許してしまいそうになった、が。


「ひでぇ! 昨日言ったやつだよ」

「昨日……?」

「え、マジで忘れてるの? ハンバーグだよ、ハンバーグ!」


 ぱかっとタッパーのふたを開ければ、そこには今日の朝、早起きして作ったハンバーグが数個入っていた。東雲はそれをのぞきこむと、ようやく合点がいったかのようなカオをした。


「すみません、まさか昨日の今日で作ってこられるとは思っていなかったので」

「それ、あんまり期待してなかった、とも受け取れるんだけど」

「いえ、そういうつもりで言ったのではないですよ。とりあえず、見た目はよさそうですね」

「……東雲って意外と毒舌だよね。グサッとくることをさらっと言うっていうか」

「何か言いましたか?」

「いや、別に何も」


 じとり、とこちらに向けられた東雲の視線から、さっと目をそらす。少し機嫌を損ねてしまっただろうか。

 でも、さっきのがぼくの本音だ。まあ、そういう意外な一面が見られるのは嬉しいし、酷いことを言われるのは晴人からもよくあるので、慣れているのだけれど。


「では、いただいてもいいでしょうか」

「あ、うん。どうぞ」


 東雲の問いかけに反応してぱっと視線を戻せば、さくり、と東雲の箸がハンバーグを切り分けているところだった。一口大になったものが挟まれ、東雲の口に運ばれてゆく。

 ぼくはその一連の動作を、まばたきをすることも忘れ、穴が開くほどに見ていた。東雲からしたら、気持ち悪いことこの上なかっただろう。

 そして、東雲はそれを口に放りこむと、もぐもぐと噛み始めた。


「……」

「ど、どうかな?」

「……」

「あのー、東雲さん?」

「……おいしい、です」


 何やら奇妙な間があったものの、東雲は今、「おいしい」って言ってくれたよな?


「よかったー。これでまずいとか言われたら、危うくぼくの家族がみんな味音痴ってことになるところだったよ」

「そんなことありませんよ。とてもおいしいです。得意だというのはウソではなかったようですね」

「ちょ、信じてなかったの?」

「ええ、まあ、実は半信半疑でした」

「正直!」


 くっそ、全然信用されてないぞ、ぼく。まあ、いきなりハンバーグだけが得意だとか言われても、点数稼ぎみたいでウソくさいのは確かだ。ぼくだって東雲から同じことを言われたら……いや、ぼくは信じるだろうな。「えっ、マジ?」って。我ながら単純だ。


「あの、もう一つ食べてもいいですか?」

「へ?」


 意外な言葉を発し、上目遣いでこちらを見つめる東雲。本人は狙ってやっていないのだろうけど、激しくあざとい。そんな仕草がなくても、ぼくが東雲からの頼みを断れるはずがないのだけれど。


「も、もちろん! 一つと言わずにいくつでも!」

「ありがとうございます。では、遠慮なく」


 そう言うと、東雲はまたハンバーグを食べ始めた。一口大に切っては食べ、切っては食べ、をくり返す東雲。もちろんそれをずっと見ていたわけではないし、ぼくの今日のおかずでもあったので、自分でもいくつか食べたけれど、いくつもあったハンバーグが自分ではない誰かによってどんどん減っていく様は、見ていて何だかとても嬉しかった。

 いつも家族に作ってあげて、食べてもらったときとはやはりちょっと違う。きっと、そのときよりも今日のほうが嬉しかった。彼女に、東雲に食べてもらえることがこんなに嬉しいとは。

 東雲はあまり料理が得意ではないと言っていたから、ぼくは東雲の手料理が食べられなくて残念だけど、逆でも十分ありなんじゃないかな、と思えた。


「おお、完食……!」

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。すごく嬉しいよ。ありがとう、東雲」

「いえ、わたしは食べただけですので、お礼を言うのはわたしのほうですよ」

「いやいや、やっぱりここはぼくだよ。ありがとう」


 へらっ、としまりのない笑みを浮べてお礼を言うと、東雲はわずかに目を見開いたあと、


「……どうも腑に落ちませんが、こちらこそありがとうございました」


 と言ってくれた。律儀なところが東雲らしいな、と思いつつ、ぼくは幸せを噛みしめる。そして、もう一度この幸せを味わうために、少し欲が出てきてしまった。


「あの、また作ったら食べてくれる?」


 おずおずとそう尋ねたのだが、東雲は何も言わずに顔をひざのあたりに向け、その上にあった弁当箱を片付け始めてしまった。やはり、調子に乗りすぎてしまっただろうか。

 そう思って、自分の弁当箱を片付けようとしたそのとき、東雲の声が聞こえた。


「わたしには特に好き嫌いはありませんので、食べられるものなら何でも食べます。それが特にすきなハンバーグなら、断る理由などありません」

「……それはつまり、また作ったら食べてくれるってこと?」

「そうとらえていただいて結構です」

「――や」

「バレると困りますので、ここでは叫ばないでください」

「はい……」


 思考を見透かされたように、叫ぶことを制止されてしまったので、思わず立ち上がったぼくはすぐにすとん、と腰を下ろした。しかし、そこでガッツポーズをすることは忘れない。


「ありがとう、東雲!」


 もう一度勢いよく振り向いてお礼を言うと、東雲はちら、とこちらを一瞥して、「……いえ」と控えめに返事をしただけだった。だけど、そのカオは少し照れているように見えて、ぼくは余計に嬉しくなった。

 こうなったら、ハンバーグだけではなく、料理ができる男を目指すべきだろうか。ただし、これは決して餌付けではない。




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