プロローグ(1)
怒声、罵声。大勢の人が狭い空間に入り乱れ、誰もが常に口を開いていた。キーボードを叩き、あるいは電話に唾を吐き、あるいは大量の紙束を危なげに運ぶ。
ストレスゲージがあったならば全員がMAXだろうな。
そんなことを岡野は一人、場違いに考えていた。といっても目線は半分以上がモニタに注がれ、流れていく映像をただじっと見つめていたが。
『さあ、デスゲームの開幕だ!』
そこに写るのは一つのアバタ。190cmと大柄な黒尽くめの男。テスタ100人の内の誰でもない、101人目の、イレギュラ。
『あがくがいい』
想定をしていなかったわけではない。だが、ネットワークは隔離されていて、大規模なクラッキングを受けるとは思ってもいなかった。しかもコードは何人もの目を通し、更にデバッグ作業を何年にもわたってやってきていたのだ。
多少のバグ、例えば単なる名前の間違いやIAPIとの連携部分の設計ミスは、多分に起こりえると思っていた。そして実際に起こっている。
しかし、ここまで、システムの、プログラムの基礎部分まで介入があるとは、否もしかしたらハード面から洗い直しが必要かもしれない。
とにかく、しばらくは寝ることも、家に帰ることもできないだろう。恨めしく思うが、大勢の命のためだと思って頑張るしかない。
『好きなだけ、あがくがいい』
秘書からの連絡が入った。優秀な秘書のことだ、バックアップは任せても大丈夫だろう。
岡野は立ち上がり、部屋を出ていった。ただモニタだけが不気味なアバタを写し出し、部屋を静かに照らしていた。
『絶望のまま、死ね』
この日、史上初の仮想世界への大規模クラッキングとそれに対抗する人々との、人質を賭けた戦争が始まった。