御褒美は効果的に使います
久しぶりの休暇を楽しんでいたタカと麗華。
二人の休暇は、黒電話の着信音と共に終了させられた。
2話 御褒美は効果的に使います。
「鳴ってるな」
「…本部からのようですよ? マスター」
タカのすぐ左横に座る麗華が蔑む様な表情に変わり、タカの顔を覗き込む。
タカの左手にはめられているのは、時計と言うよりゴツめの腕輪という感じの情報通信端末である。二インチ程のモニターを囲む枠が赤く発光し、通信の相手が『輪廻転生管理委員会』本部からの通信であることを持ち主に知らせていた。
「出たほうがいいのかな?」
「シカトする気ですか? マスター、怠惰にも程があります」
麗華はタカの左腕を引っ張り、通信機のモニターにタッチすると通信相手の姿が表示される。モニター越しの本部通信担当の女性が一瞬驚いた様な表情をするが、すぐに仕事モードに移行する。
「休暇中に申し訳ございません」モニターに映し出された女性が一礼。
「111小隊の、麗華副長ですね? タカ隊長は?」
「休暇中に緊急招集の通信が入ったため、絶賛現実逃避中です」
タカは麗華に捕まれた腕だけ残して砂浜に倒れ込んでいた。
「首根っこひっ捕まえてでも、仕事させますから御心配なく。
任務の内容を、どうぞ」
任務を受けて貰える安堵感に、顔を引きつらせながらも笑顔となった通信担当。
「お二人がいらっしゃる太陽系から100光年程の太陽系で転移反応が確認されました。
休暇中に申し訳ございませんが、お二人には転移先で対象を早急に確保していただきたいと副指令からの指令です。
本隊を追っかけで派遣いたしますので、本隊到着までの間、対象の保護もお願いします」
『輪廻転生管理委員会』では銀河中に転移反応を感知するためのセンサーと通信ネットワークの構築をしている。亜空間を利用した特殊な通信機器を利用し、光より早く情報伝達が可能なのだが、それでも24時間(センサーが転移反応を感知するまでに掛かる時間)と定められている規定時間内に転移反応を感知出来るのは、全銀河の10分の1程度の範囲でしかない。転移された対象は、転移されてからの時間が過ぎれば過ぎるほど生存状態で保護出来る可能性が減るため、早急な確保の為には、休暇中の執行官であろうとも休暇を返上させるのだ。
「了解です。
転移先のデータと、転移された生体反応のデータをこちらに転送してください。
3分以内に出発出来ると思います」
麗華の抑揚の無い仕事モードに入った声を横で聞いたタカの顔に、落胆の色がうかがわれる。
「ご協力ありがとうございます。
データの転送開始いたしました。
それでは、よろしくお願い致します。
通信担当は、キャサリン・M・ブリアでした」
通信機のモニターがブラックアウトして、データーの転送が始まる。10秒としないで転送されたデータがモニターに表示される。麗華はその中からとりあえず必要な転移先のデータを呼び出し、確認するとおもむろに立ち上がる。
引きずられるように立ち上がるタカの姿からは、いかにもやる気が感じられない。
「これが終わったら、私が料理でも作って差し上げますから頑張って下さいませんか? マスター」
とたんに目の色が変わったタカ。ウンウンと頷きながら、シッポが喜び全開で節操無く振るわれる。タカは麗華の手料理が大好きだった。本当ならいつも喜んで食べてくれるタカの姿を見たい麗華だが、基本怠惰なタカには御褒美として与えるのが効果的と判断してからは、めったに作らなくなってしまった。
光学迷彩の偽装を解き、カーボン繊維で覆われた小型シャトルの黒い機体が姿を現す。呼び名はシャトルだが、垂直尾翼が主翼並みに長い垂直離着陸も可能な二人乗りの戦闘機である。
タカはリモートでエンジンをアイドリングさせ、着替えの入ったバックを二人分担ぐと空中を走って副操縦席の後ろにあるスペースにぶち込む。滑り込むように麗華が副操縦席に着座するのを確認して自分も操縦席に座りキャノピーを閉める。
「マスター計器類チェックOKです」
すかさず掛けられる声にタカが左手を上げサムアップして反応する。
「了解!」
スロットが徐々に開けられ、機体が垂直に地面を離れる。ギアアップと共に機体下部に折り畳まれていた安定翼が広げられる。こちらも主翼並みの長さだが、飛行速度によって姿を変える可変翼。黒い機体は徐々に前方に広がる海のほうに加速しながら上昇し、湾を出ていく。機体が垂直になったと同時に洋上でエンジンが全開にされる。シャトルは轟音を轟かせ衝撃波を伴って大気を切り裂いていった。
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『輪廻転生管理委員会』の本部が置かれている建物は、石造りの迎賓館を思わせるようなバロック調の建物である。3階建て、一片が100メートルの正方形のなかに75メートル四方の中庭が設けられ、真上から見ると極太なロの字型に見える。
同じくバロック様式の広大庭園に囲まれた敷地に立つその建物は、4方向全てに入り口があり、入り口の上に6畳間がスッポリと収まりそうな大きなバルコニーが設けられていた。そのバルコニーに10歳を越えたばかりと思える金髪少女の姿があった。
彼女の名はアリシア・G・ガイスト。現在の『輪廻転生管理委員会』天の川本部副指令にして、天の川銀河における『輪廻転生管理委員会』の創設時からのメンバー。アリシアの着る光沢のあるパールホワイトの生地で作られた半袖のワンピースは、襟元や袖口にヒラヒラな装飾を施された特注品で、足元まで隠れるスカートの装飾は幾重にもレースが施されたお姫様が着るようなドレスの様だ。半袖の左腕に付けられたエンブレムはプラチナ製で22と記されているのは、アリシアが22小隊の隊長でもある証。
委員会内の有志により創設された『モフモフを愛でる会』の名誉会長であり、生物学者としても有名な人物である。
今現在も彼女の周りのは、様々な種類の毛玉たちが、彼女と共に日向ぼっこの真っ最中。各支部ならびに、現場に赴いた執行官達の報告書に目をとうしてしまえば、副指令がやるべき仕事は、発生した転移現象に対する処置のみである。長年の躾もあって、アリシアの手を煩わすような、お粗末な報告書をあげてくる者が減ったのもアリシアを手持ち無沙汰にさせている一因である。
「暇ですね~~」
両手に抱いた虎の赤ん坊の首の辺りを撫ぜ撫ぜしながら、アリシアは薄っすらと靄のかかった空を見上げる。虎の子は気持ちよさそうに目を細め、ちょうど良い陽光に今にも寝てしまいそうだ。霞の先に在るであろう中央シャフトとミラーパネル越しの宇宙は、今日は見ることができない。
そう、ここは直径200キロ全長220キロという巨大なシリンダー型のスペースコロニーの中なのだ。2万人居る『輪廻転生管理委員会』の執行官達をサポートす人々は3倍の6万人にもなるが、このスペースコロニーには、その家族を含め30万人の人々が暮らしていた。
「お嬢様、お茶の準備が出来ました」
現れたのは身長2メートル近い壮年の紳士。オールバックにされた黒髪、堀の深い精悍な顔に不釣合いな温和な瞳が混在する不思議な人物である。アリシアと同じ素材のスラックスにダブルのスーツ、ネクタイまでも白の蝶ネクタイ。アリシア付の秘書兼執事のコールウェン・K・ガイスト。彼もまた天の川銀河における『輪廻転生管理委員会』の創設時からのメンバー である。
「ワンワン隊長は、快く引き受けて頂けたようですね」
アリシアがコールウェンに振り返ると、コールウェンはティーセットをバルコニーの中心に置かれた4人掛けの丸テーブルにセッティングしている最中だった。コールウェンの顔が笑みが浮かぶ。
「タカ様を呼び出したにも関わらず、麗華様がお出になって、快諾されたそうです」
アリシアは外の景色を見れる位置の椅子に座ると、あきれた様な顔をする。
「いつもの事ですが…、まだまだ人が足りてませんから、致し方ないと言った所でしょう」
アリシアは、テーブルの上に用意されたティーセットが自分一人分であることを確認する。
「コールウェン、あなたも一緒にお茶にしましょう」いつもどうりに声をかける。
「かしこまりました」
一礼してバルコニーを後にするコールウェンの後姿を確認しながら、アリシアはいつも行われる儀式の様になったこの行為が、いかにも彼らしく微笑ましく思うのだ。
「もう1万年ですか…」
ため息をはく様に呟かれた言葉は、空気の対流により起こる風に溶け込み流れていく。
銀河で確認されている長寿種でも1000年を生きるのが精々である。
彼女はその十倍の年月を生きている。一日24時間、ひと月35日で、10ヶ月で一年が銀河標準時間とされている。
魂が入る器である肉体は、20回以上交換してきた。
肉体に異常が無くても魂自体が休息を欲すれば死は訪れる。
早い者で7000年、9000年を過ぎると顕著にそれが現れる。
「もうそろそろですかね…、わたしも…」
「何のお話ですか? お嬢様」
向かいの席に姿勢良く座ったコールウェンがアリシアの呟きに反応する。
「何でもありません。
さあ、お茶を頂きましょう」
アリシアは、コールウェンにより取り分けられたレアチーズケーキを口に運ぶとウットリとしたような表情を浮かべるのだった。
読了感謝です。