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麗華

差し替えました;;

前のお話は数話後に登場させます。

ご容赦を;;



 1話 麗華


 半月から少し欠け始めた三日月型をしたこの島は、この星の夏にサーフィンするのには丁度良いウネリが湾に入ってくるため、知る人ぞ知るサーフスポットだった。今日、湾で立つ波はおおむね1メートルから1,5メートル。湾となっている全てが白い砂浜なのは、この島が珊瑚に似た生物の成れの果てであることを示している。鮮やかなグリーンに映し出される海は、温暖な海独特の潮の香りをたたえ、早朝だというのに亜熱帯らしい蒸し暑さが既にこの湾を支配している。


 浜辺から200メートル離れた辺りに波が大きくワレル場所があり、そこに今日は1人だけサーファーの姿がある。波のウネリにボードと共に身を任せ、大きく上下ししながらの波待ち。


 そんなサーファーを見守る20代の東洋人系の女性。身長は170センチ程で、白いノースリーブのワンピースに麦藁帽子という何とも夏らしい装い。帽子の下の黒髪は腰まで伸び、ヤシに似た亜熱帯特有の植物が密生する原始林を巡って抜けてきたそよ風がフンワリと彼女の髪を持ち上げる。彼女の肌が少し小麦色に焼けているのは、彼女もまたサーファーである証。


 彼女の名前は「麗華」


 人の姿をしているが、彼女は元々地球のオンライン・ヴァーチャルリアリティー・MMO・RPGで、高度な人工知能をもったNPCとして生を受けたAIと言われるデータでしかなかった。オンラインRPGゲームの中で「水の精霊用AI」として認識番号以外の呼称を持たなかった彼女に「麗華」という名前をつけたのは、その時マスターになった吉田孝志である。


 4千年程前、吉田孝志が「輪廻転生管理委員会」のスカウトを受けた際、条件として出したのが麗華の同行と彼女に生命いのち を与えると言う事だった。


 4千年前、すでに麗華の自我は目覚めていた、完全な記憶を持つ彼女はその当時を思い返してそう考える。


 孝志について行くことは麗華自身が希望したことだった。何故そう思ったのか? その答えが4千年を過ぎても出ていないのである。先進技術によって生体を得、人と同じ権利を得て、個人として認められたのは3千年前である。それでも孝志の元を離れずマスターと呼び続けるのは、その答えが出ないから? かもしれない。


 天の川銀河の中心からさほど離れていないこの星が、発見されたのは3千年ほど前になる。まだこの星に名前は無い、星に名前がつくのは知的生命体が発生して、自らが住む星として名前をつけた時か、大規模な宇宙移民が行われ、そこに人が住んだ場合に限られる。この星には知的生命体が未だ発生しておらず、移民も行われていない為、手付かずの自然がそのままの生態系を維持していた。ゆえに、たまにではあるが信じられないような巨大生物が姿を現すこともある。


 そう、今、波待ちしているサーファーを餌と認識し、現れた巨大イカ。海から突き出た胴の部分だけでも全長5メートルはありそうな大きさである。


 麗華は驚かない、いつもの事だから。


 (今日の昼食には、イカ刺が追加されるのかしら?)くらいの考えである。


 一方、波待ちしていた「吉田孝志」だった者の顔には焦りの色が伺える。彼は銀色の光沢ある毛なみの犬タイプの獣人で、顔こそ人間のままだが、獣耳が頭の上に銀髪を掻き分けて存在感を主張している。吉田孝志だった頃の面影は165センチと言う少し低めの身長と、人懐っこい笑顔だけである。現在の正式名称は「タカ・Y・アース」タカシのシが発音として発声される事が少ないため、タカだけにしてしまったのは3千5百年前である。Yは「吉田のY」であり、アース(地球)は出身星である。戦闘職のタイプとしては感知タイプとして分類される彼は、巨大イカの接近は認識していたものの、それが襲ってくるとは思っていなかった。


 サーフボード真下からの食腕による攻撃でタカはボードごと空中に吹き飛ばされた。サーフボードの上面にあたるデッキとレールと呼ばれているボードの縁に当たる部分の素材を衝撃吸収素材で作っていたおかげで、ボードごと食腕で貫かれる事は防がれた。


 「あっぶね~~!」


 吹き飛ばされた空中に立ち、タカは足とサーフボードを繋ぐリーシュコードを手繰り寄せる。巨大イカ? の食腕で再起不能になったサーフボードを確認するとガックリと肩を落とす。攻撃してきたイカを下に確認するとタカの目の色が変わりギッリッと睨みつける。


 イカは睨まれた事によって一瞬ぶるっと体を震わせる。


 強き者を前に自然にとってしまった反射とも言えるその震え。恐怖を自覚した訳ではない、そんな頭があるかどうかも疑わしい。


 この湾は、イカにとっては海が荒れ一時的に訪れた避難場所でしかなかった。イカが生きるため、この湾で捕食できる生物のほとんど食い尽くしてしまい現在進行形で腹ペコなのである。自分より強い生き物に立ち向かわないという動物として本能が、腹が減り過ぎて感じられなくなっていた。


 巨大イカは大きく吸い込んだ水を口から発射し、当たれば大砲のような威力のある攻撃を仕掛けるが、対象の移動スピードが速すぎて当たらない。イカは気づかない、自分が捕食使用として攻撃を仕掛けている相手が翼を羽ばたかせて移動していない事に、イカは空中を瞬間移動しているかのように姿を現す存在が、ただ走って止まってを繰り返しているだけだという事を。空中に立つ、空中を走る、という行為が出来てしまうのは、人外の能力を持つ2万人の執行官達の中でも一握りしか存在しない。タカはその一握りの中の一人、彼らが動く最小単位である小隊の隊長でもある。


 イカは今までどんな相手も水大砲で倒し、捕食し生きてきた。それが全く通じない。イカはとんでもない相手を捕食しようとしたことに気づく、気づいた時には既に遅かった。海から姿を現していたはずの体が、高濃度に圧縮された海水の中にいつの間にか閉じ込められていた。元来あまり深い海での生活をしてこなかったイカにとって、深海に近い水圧は、それだけで自分の体を動かすには不都合なのだ。

 

 身動き出来ないイカの眼前に、タカは魔力によって刀身を形成させた魔力剣を持って立つ。「輪廻転生管理委員会」の正式装備の一つである魔力剣(別名MPソード、隊員達は実剣に対しMソードと略して呼ぶ者が多い)と呼ばれている物は、40センチほどの長さの剣の柄のみである。自身の魔力を流すことによって刀身を自在に形成させる事が出来、銃の様な使い方も出来る自由度の高い武器である。


 「腹へって、頭回ってないのか?


 まあ、ボード、オシャカにしてくれた分は足一本で勘弁してやるよ?」


 振りぬかれるMソード。イカの足が何の抵抗も無く先端1メートル程がスパッと切り落とされた。次の瞬間イカは今まで感じたことも無い加速感に襲われ思わず目をふさいでしまった。加速感が幾分かやわらいで再び目を見開いた時には、自身が餌を食い尽くした湾を遠くに望む位置まで自分が吹き飛ばされたことに気づく。


 吹き飛んでいくイカの姿を確認ながら、麗華はいかにもマスターらしいと思う。


 (私なら切り刻んで魚の餌にしてやるのに!)そんなふうに思いながら、先端とはいえ太さ30センチはあるイカの足を右肩に担ぎ、(イカレタ)ボードを左脇に抱えながら浜辺を走ってくるタカの姿を確認すると、麗華は持ってきたバックからバスタオルを取り出してタカに渡す準備をする。

 

 「マスター、災難でした」


 「腹減りすぎて、ラリってたみたいだから…これで勘弁してやった!」


 二人の魂が入る器(戦闘用に特別に作られた肉体)は、通常時なら普通の食生活で事足りるのだが、戦闘行為を行った場合の消費は著しい。しかし、それにしても二人だけで食べきれる量を完全に凌駕しているイカ足。


 「二人では、そんなに食べれませんよ?」


 「食べきれない分は、本部の毛玉たちにミンチにしてやると喜ぶだろ?

ネコ科の毛玉なら奪い合って食べそうだ!」

 

 毛玉達が先を争うようにしてイカに喰らいつく様を想像してなのか、タカの顔がほころぶ様子を見て、同じように麗華の顔に笑顔が浮かぶ。


 タカは無造作に壊れたボードとイカ足を砂浜に投げ出すと疲れたと言わんばかりに砂浜に座り込む。麗華はその肩にそっとバスタオルを掛け、いつものようにその隣に座る。それは何万回と繰り返し、これからも繰り返していくであろう仕草。麗華はそうして眺める海が好きだった。



 不意に鳴る黒電話の呼び出し音。



 4千年前からずうっと変わらず「通信機の呼び出しに使っている着メロ」だ。時代が進み通信機の形態が変わっても呼び出し音だけはこれなのである。タカ曰く、「これじゃないと呼ばれてる気がしない」そうなのだが、麗華もここ2千年はその意見に同意を示す。


 

 二人の短い休暇は、その音と共に終了した。

 

  

読了お疲れ様でした。

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