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蒼の森の魔女

ある日の公爵夫人

蒼の森の魔女 小話①

コルセット。

それは女性の腰からヒップへのラインを美しく魅せる矯正具。




「ふぐぅ・・・口から内臓的な何かが出そう!むりむりむり!」

「奥様、我慢です」

「奥様、まだ絞められます」

「奥様、もう少し息をつめてくださいませ」


エレオノーラは公爵家の侍女たちに夜会用の、いつもよりきついコルセットを着つけられていた。

悲鳴をあげるエレオノーラに構わず、公爵家の優秀な侍女たちは3人がかりでコルセットを絞めあげている。


王国と帝国の和平後、目実ともにエレオノーラは公爵夫人となってから日々のこのきつい矯正具と戦っていた。

元の世界ではカップつきキャミソールなどという文明の恩恵に甘えて、かなりだらけた日常を送っていたエレオノーラには耐えがたいものがある。


「もうだめ。魂的な何かが出る・・・」

「奥様、まだ我慢してください」

「奥様、もう少々詰めましょう」

「奥様、背筋を伸ばして、はい。息を吐いてくださいませ」


彼女たちはどこまでも職務に忠実で優秀だった。




なんとかドレスを着用したエレオノーラを待っていたのは、ギルベールによるマナーレッスンだった。

頭の上に辞書くらい分厚い本を乗せて、ひたすらまっすぐに歩く。

足元にからみつくようなレースをふんだんに使ったドレスと、5~6センチはある華奢なヒールをはいたままで。


「もっと堂々と胸を張って歩いてください。顔を上げて。ああ、あごは反らさずに・・・はい、そのまま歩き続けてください」


普段のギルベールは温和な青年だが、仕事に関しては鬼だった。


「これなんてパリコレ?」

「ぱりこれが何かは存じませんが、壁までたどり着いたら優雅にターンしてください。この後はダンスのおさらいをしましょう」

「優雅ってなにそれおいしいの。そのダンスはソーラン節でいいですか?」


今度の質問は無視された。

ギルベールはエレオノーラがぎこちなくターンして元の位置に戻ってくると、側に控えていた奏者の少女に合図を送る。

少女はヴァイオリンに似た楽器を肩にあてて、3拍子の曲を弾きだした。




ダンスが終わっても、まだエレオノーラの一日は終わらない。

王国の歴史などの勉強の時間があり、最後にキールとの夕餉が待っている。

ただしこれも食事のマナーを鍛えるために、背後に控えたギルベールから容赦なく注意が飛ぶ。


申し訳なさそうなキールが、これぞ貴族様!手本です!と言わんばかりの優雅な手つきで目の前の魚を切り分け口に運んだ。


「大丈夫?エル?」

「・・・大丈夫じゃないけど大丈夫と思いたい。そしてキールの完璧なマナーが恨めしい」

「・・・・・・」


じとっと据わった目でキールを見ると、彼は困ったように笑った。

そんな表情さえ優雅さを失わないとは一体どういうことなのか。

エレオノーラは貴族の血になにか特別な魔法でもかかってるんじゃないのかと、真剣に思った。


実際にはエレオノーラの所作はそれほどひどいものではない。

子爵あたりなら通用する程度の礼儀作法は持っている。

それは元の世界で、さらに平和だった日本でしつけられた賜物だろう。


しかしそんな可もなく不可もない所作では、貴族の夫人たちのトップに立つ公爵夫人としては不合格だ。

キールもそれを理解しているからエレオノーラを慰めないし、ギルベールも甘やかさない。




ただ、そうとは知らないエレオノーラは日々ストレスをためこみ・・・そして爆発した。


「もうやめてぇええ!私のライフはゼロよぉおおおおお!!!」


叫ぶなり転移の魔法陣を展開して、その場から逃走した。

二度目のエレオノーラ失踪に呆然自失のキールを、ギルベールが叱咤して公爵騎士団総出でエレオノーラを捜索が開始された。


しかしその当人は翌朝になると、けろっとした顔で戻ってきた。


「久しぶりの食べ歩きうまし~!あ、これお土産ねぇ」


サイラス以下、騎士団の面々ががっくりと床に膝をついた。

ギルベールは乾いた笑いを口元に浮かべてうなだれる。

キールは無言でエレオノーラを抱きしめ、その日一日離れなかった。


その日から、公爵夫人は適度に息抜きすべし、という暗黙の規則が出来た。


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