事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
「在庫整理しかできない無能は、我が国に不要だな」
煌びやかな王宮の晩餐会。
婚約者である第一王子の声がホールに響き渡った。
私が与えられたギフトは【在庫整理】。
カバンの中身を綺麗に並べ替えるだけの、家政婦にすら劣るハズレスキル。
そう蔑まれ、私はその場で婚約破棄と国外追放を言い渡された。
私がこれまで、このスキルを使って国庫の備蓄をミリ単位で最適化し、腐敗しやすい食料の配置を調整して飢饉を未然に防いできたことなど、彼らは知る由もない。
「わかりました。私の『在庫』から、この国を削除いたしますね」
私はそう言い捨て、取るものも手に取らず、勢いのまま雨の降る国境へと向かった。
そこで出会ったのが、立ちふさがる魔物の軍勢を前に、荷物が爆発しそうなほどパンパンに膨れ上がった、見るからに要領の悪い『新人勇者パーティ』だった。
「……あの、勇者様。そのポーション、カバンの底で割れたら全滅ですよ? ちょっと貸してください」
見るに見かねて、つい私は事務的に彼らの荷物を預かり、スキルを発動した。
【在庫整理】
指定した空間内のあらゆる物質を、私の意志で最適化および再配置することにある。
「よし、これで九割の圧縮に成功しました。あと、ついでに戦場も整理しておきました」
「……えっ? 整理?」
勇者が呆然と前を見る。
そこには、さっきまで襲いかかってこようとしていた魔物の大群が、隙間なく、かつ倒しやすい形に一箇所にぎっちりと固められ、身動きが取れなくなっていた。
「戦場のリソースが散らかっていたので。さあ、一撃で処分してください。時間がもったいないです。次の拠点を捜さなければいけないので」
この出会いは、勇者パーティにとって事務的な意味で悪夢の始まりだった。
成り行きだが、彼らに同行する事になったのだ。
どうせ行く当てもない。
北限の魔王城とやらを見に行くのも悪くない。
私は常に算盤を弾き、羽ペンを走らせる。
「勇者様、無駄な動きが多すぎます。右腕の筋肉の配置を最適化しました」
「魔王軍の攻撃魔法? あれは『不要な在庫』なので、空間の端に廃棄しておきました」
「魔王様、あなた自身の心臓の『配置』、少し左にずらしておきましたよ? 効率的に死ねるように」
冷徹な顔で事務作業をこなす私を、勇者たちはいつしか、逆らってはいけない裏の支配者として崇めるようになった。
魔王城への道中、野営の火を囲んでいるときも、私の手は止まらない。
「勇者様、火力の無駄です。薪の配置を熱伝導率に基づいて再編しました。これで消費燃料を三割程度削減しつつ、最大火力を維持できます」
パチン、と算盤の珠を弾く音に、勇者クラウディアンが肩を跳ねさせた。
彼は、私の【在庫整理】で一瞬にして圧縮整理された魔物の残骸を見て以来、私と目を合わせるたびに微かに震えている。
「あ、ああ……ありがとう、ユズハ。君が来てから、本当に旅が……効率的になったよ。あはは……」
引きつった笑みを浮かべる彼を見て、私は業務日誌にこう記す。
『遠征四十二日目。勇者の精神的な活動の源に不安定な挙動を確認。原因不明の震えが継続している。要経過観察。なお、本日のポーション消費量はゼロ。私の空間管理による事前回避が功を奏している』
「……ユズハ。その、さ。いつも事務仕事ばかりで、疲れないか? これ、街で買った干し肉なんだけど、よかったら」
クラウディアンが差し出してきたのは、少し高価なスパイスが効いた干し肉だった。
私はそれを無機質な視線で一瞥し、答える。
「ありがとうございます。ですが、この干し肉は今の勇者様の必要摂取熱量を超過しています。その一口分を明日の朝食に回せば、全体の兵站に余裕が生まれますので、今は『在庫』として、私のカバンに圧縮して戻しておきましょうか?」
「い、いや、これは君に食べてほしくて……!」
必死に食い下がるクラウディアンの心拍数が上昇している。
私は彼の眼球の動きから、彼が極度の緊張状態にあることを読み取った。
『業務日誌追記。勇者の心拍数が安静時の二倍に上昇。私の冷徹な表情に恐怖を抱いている可能性が高い。しかし、恐怖を感じている割に、彼は私から視線を逸らそうとしない。非合理的な行動パターンだ』
「ユズハは、さ……。怒った顔も、冷たい顔も……その、すごく綺麗だと思うんだ」
クラウディアンは震える手で、私の眼鏡の端に触れようとして、私の氷のような一瞥を浴びて凍りついた。
「勇者様。私の眼鏡は、焦点距離を極単位で最適化した精密機器です。無許可の接触は、維持管理費の増大を招くため不要な干渉として損害計上しますよ」
「っ……! ご、ごめん! でも、そういう容赦ないところも……いいな、なんて……」
彼は顔を真っ赤にして、逃げるように自分の寝袋に潜り込んだ。
私は、彼が残していった干し肉を事務的に最適化と称し、口に運び、咀嚼する。
『業務日誌さらに追記。勇者に謎の『M的』な傾向を確認。私の事務的対応に対して幸福を感じるという、極めてバグに近い反応を示している。……理解不能。だが、この感情を利用すれば、さらなる軍事費の削減とやる気の維持が可能かもしれない。引き続き、彼を効率的に管理していくこととする』
パチパチと爆ぜる焚き火の音を聞きながら、私は次の街の物価指数を予測し、算盤を弾き続けた。
そして数年後。
世界は救われた。
王都の広場には、歴史に残る魔王討伐記念像が建立された。
中央で剣を掲げる勇者。その隣に並び立つのは……。
冷徹な眼差しで算盤を弾き、分厚い帳簿を抱えた私、ユズハの姿だった。
勇者の剣より鋭い眼光や、台帳を鈍器のように構えるポーズの醸し出すあまりの威圧感に、像の前を通る子供は泣き出し、不届き者はその視線に射すくめられて自首するという。
今やその像は最強の魔除けとして国宝に指定されている。
そんな私の元に、一人の男が這いつくばってやってきた。
かつて私を捨てた元婚約者だ。
「ユズハ! 頼む、戻ってきてくれ! 君がいなくなってから、国の帳簿はめちゃくちゃだ! 兵站は崩壊し、国庫は空っぽなんだ!」
彼は涙ながらに私の靴に縋り付く。
私は手に持っていた羽ペンを止め、調整済みの眼鏡を少し下げて、氷のような視線を彼に向けた。
「お言葉ですが、殿下。私の管理する台帳をご確認ください」
私はパラリと帳簿をめくり、彼の顔の前に突きつけた。
「あいにくですが、あなたとこの国は、既に回収の見込みがない『不良債権』として損害処理済みです」
「なっ……!?」
「これ以上、私を浪費させるのはお止めいただけますか? 警備兵。この『廃棄物』の処分をお願いします。ああ、もちろん分別は不要ですよ。どうせゴミですから」
事務的に言い放つと、私は再び算盤の珠を弾き始めた。
チャキッ、という乾いた音が、静まり返った広場に響き渡った。




