不幸指数が恐らく姉よりもかなり高い妹。
「申し訳ございません。
私、お掃除の続きをして参ります。」
地面にうずくまっていた姉がスッと立ち上がった。
…え…お姉様…今、お父様にかなり激しく、ほうきで打ち据えられていましたよね?
拷問かって位に激しく打たれてたと思うんだけど…?
そんな、何事も無かったかのように平然と立って…スタスタ歩いて行っちゃったけど…え?
今回のお姉様、フィジカルがメチャ強くない!?
え?今までだったら、こう、何て言うか、もっと弱々しく、痛みに耐え、よろめきながら歩いて…ええ!?
「アンナぁ…寒い……」
茫然とお姉様を見送った私に、花瓶の水をぶっ掛けられ濡れ鼠のようになった庭先のお父様がカタカタ震えながら同情心に訴えるように呟いた。
「まぁお父様。大変。ずぶ濡れですわ。
早くお部屋に入ってお着替えになって。」
私は窓から顔を少しだけ出し外に居るお父様に向け、完全棒読み状態の心配している風なセリフを投げ掛けて、すぐ自室に引っ込んだ。
窓の外で「アンナ〜」と私を呼ぶ情けない声がするけど無視。
そりゃ心配なんかするワケ無いし棒読みにもなるわよ。
今の私は、両親に対する愛情なんてほぼ無いもの。
今の私にとって両親は、私の人生という名の道中に設置された障害物としか思えない。
あなた達のせいで私の人生毎回ハードモードなのよ。
お姉様を虐げ、私をひいきして可愛がる事で、私をより不幸な方へと導いてゆくのだから。
部屋に戻った私は本棚から鍵付きの日記帳を取り出し、中に綴られた「これから」を確認してゆく。
と言うか、私の記憶に残る何度も繰り返された人生の中に、私に幸せかと訊ねた姉は一回も居なかった。
「何なの?何かの罠なの?
ハードモードな私の人生、スーパーハードモードになるんじゃないでしょうね…
もし、正直に私は不幸よって答えたら…?」
━━この程度で不幸だと?お前はもっと不幸に「ざまぁ」な目に遭うべきだ!ってなるかも!━━
「ちょっと待ってぇ!
今、家族に虐げられているお姉様は確かに不幸だけど!未来では幸せになる事を知らないのだから今が地獄のように感じるかも知れないけどッ!
私なんか、後から投獄されて最終的には死刑なのよ!!
人の生涯に不幸指数なんてモノがあるとしたら、私の不幸指数、絶対にお姉様より高いでしょう!?」
運命の神に訴えるかの如く、本音を口にしたらブワッと涙が溢れてきた。
確かに、確かに以前の私は…!
お姉様に非道い事ばかりしたし、言ったし、馬鹿にしていたし!
でもっ今は違う!私は変わったの!
そう私は変わったの…でも私以外、何も変わらないの。
私を取り巻くみんなも、この世界の在り方も、私の不幸な結末も、何も変わらない。
その晩、私は久しぶりに夢を見た━━
それは、私自身の本来の姿。
そして、お姉様の幸せへと繋がるスタートラインであり、この世界の本当の姿。
▼
▼
「まぁぁ!!お可哀想なお姉様!!
お姉様が、あの不気味なサンバート辺境伯の妻になるなんて!あはははは!」
アンナは、突然舞い込んだ姉クラリスの婚姻の相手が巷で噂の辺境伯だと知ると、嘲るように声高らかに笑った。
「まぁアンナったら…不気味だなんて。
サンバート様は、このような出来の悪い醜女でも迎え入れて下さる心の広い方なのですよ。クスクス…。」
そう答える母親がクラリスに向ける視線もまた、クラリスを蔑み嘲笑するようなものだった。
「私、サンバート辺境伯は気味の悪い動物実験なんかをしていると噂で聞いた事があるわ。
お屋敷には不気味なツギハギの動物がいっぱい居るんですって!
顔にツギハギの痕のある怪物みたいなお姉様には、お似合いよね?うふふ。」
アンナは可笑しくて堪らないと嬉しそうにクルリと回り、不安に俯くクラリスの顔を下から覗き込んだ。
楽しげにニマァと口角を上げ、歪む笑顔をクラリスに近付ける。
「あはははは、化け物が化け物に嫁ぐんだってぇ。
あはははは、いい気味ぃ〜。」
恐らくクラリスもサンバート辺境伯の噂を聞いた事があったのだろう。
怪し気な実験をしている、呪われている、見た目も醜くく粗暴であるなどの真偽が定かでは無い多くの噂を。
そして、その噂の辺境伯が父に多額の貸し付けをした相手である事も知っていたのだろう。
不安げな表情の顔を上げたクラリスが、父に何かを訴えようと消え入りそうな小さな声を出した。
「おっ…お父様…私はもうす…」
だが父親はクラリスの言葉に聞く耳を持たず、すぐに遮った。
多額の借金を返すあての無い父は、娘クラリスを辺境伯に差し出す事にしたのだ。
「黙れ、逆らう事は許さん!
お前は辺境伯家に嫁ぎ、誠心誠意尽くすのだ!」
クラリスは口をつぐみ、悲しげに再び項垂れたように俯いた。
「お姉様、逃げたりしないでね〜。
逃げ出そうとしたらツギハギが増えるかも!キャハ!」
「何が「キャハ」だ。この、頭の悪い小娘めが。」
物凄く嫌な夢を見た……。
しかも、自分が過去の自分に悪態をつく声で目が覚めるなんて。
「はぁあ…でも、あの夢は本当にあった過去の私。
あれが私の本来の姿だったんですものね。」
あのシーンは、あと一ヶ月ほどで本当にやってくる。
何回もやり過ぎて、私のセリフだけ何か投げやり風になってきているけれど…棒だし。笑い声さえ棒だし。
ただ、いつも気になるけど結局分からずに終わるのが、この時のお姉様が口にしようとしている事。
この時のお姉様の心にあるもの。
「私はもうす」って何かを言いかけてるのだけれど、いつもお父様に遮られて終わる。
もうす…もうすぐ、が一番それっぽいのだけれど、そうだとして、もうすぐ何なのかしら。
「なんにせよ…お姉様はじき、辺境伯様の妻に選ばれて、この邸を出てゆく…。
向こうで、どの様な夫婦生活を送っているかまで知る事は出来ないけれど、きっと幸せなのでしょう。」
お姉様が嫁いだ2年後に次は私の結婚が決まり、婚約披露パーティーを催す。
私は醜い化け物に嫁いだ醜いお姉様を道化にする事で、自分がいかに幸せかを皆に知らしめたいというアホみたいな理由で辺境伯夫妻をパーティーに招待するのだけれど━━
その場に現れたお姉様は私の期待を大きく裏切る姿をしていた。
顔の傷は綺麗に消えて無くなっており、首に着けていた魔法を制御する奴隷の証のような首輪も外されていた。
白いマーメイドドレスを着て立つお姉様の姿は、誰もが魅了されるほどに美しく、まるで白百合の花のように見えた。
その時、辺境伯様がしている怪しげな実験と言われていたものが魔法の実験であり、幼い頃に強大な魔力を暴走させたお姉様は、辺境伯様の実験を経て魔力を自在に操る力を身に着け、かつ自身の顔の傷も消せる程の治癒魔法の使い手となっていた。
白百合のようなお姉様をエスコートする黒羽根色の髪を持つ辺境伯様は、噂とは全く違う洗練された美麗なる青年で、二人が並んで立つ姿は絵画のように美しく皆の目を奪った。
二人を初めて見た時の私は、いわゆる「ギリぃ」と悔しさに歯を食いしばるような顔をしたもんだけど…。
今はそうでもない。
私より幸せそうで憎たらしいも、綺麗になって悔しいも、辺境伯様が私の旦那様より素敵過ぎて羨ましいも、もう全て過ぎた感情なのよね。
「あら…思いふけっていたら、朝食の時間だわ。
そう言えば…毎朝、お姉様に早起きさせて使用人の分まで朝食を作らせているけど、お姉様が嫁いだら朝食メニューがいきなり貧相になる事にみんな、気付いてないのでしょうね。」
何事もそつ無くこなしてしまう天賦の才を持つ完璧なお姉様。
そんなお姉様と同じ位、努力家の今の私も料理出来ちゃったりする。
正直言うと、お姉様と一緒に料理をしてみたかったかも。
私がお姉様と仲良くすると両親からのお姉様への仕打ちがヒドくなるとか無かったらなぁ。
食堂にて食卓に着くと、テーブルに温かいスープが置かれた。
お姉様の作るスープはこの邸の誰が作る物より味がいい。
「また、こんな貧相な食事を作りおって!」
「具材も何も無い、こんな水みたいなスープなんか!」
両親共に一通り文句を言うけど、お姉様の料理を残した事は無い。
この澄んだ透明なスープに、どれだけの手間がかかっているか知らないクセに文句を言うな。
おっと…私も嫌味のひとつでも言っておかないと。
「ちょっと…何なの、このスープの味は。
昨日のより深みが出ているじゃないの。」
「それは…いつものスープに普段使わない香味野菜を使ってみたので。」
私はお姉様をきつく睨みつけると、バンっと強くテーブルを叩いた。
「なんですって!?何なの!ふざけないでよ!
美味しいじゃないの!
はぁー…まったく………」
文句を言った私は、テーブルに肘をついて俯くように両手で顔を覆った。
━━えーと…嫌な態度って、どうやるんだったっけ━━
ちょっと最近、自分の感情に行動が間に合わないってゆーか…チグハグになる…
テーブルを叩いた後に、お姉様に非道い言葉を言ったつもりだったのよ…私。
言い切れてないわぁ…スープ美味し過ぎる…。
「そうだ…実はクラリス、お前に縁談の話がある。」
突然降って湧いたお父様の言葉に驚いた私は、慌てるように顔を上げた。
早い、早すぎるわ!
お姉様の結婚まで、あと一ヶ月ほど期間があるハズだったのに。
「相手はサンバート辺境伯様だ。逆らう事は許さん。」
色んな意味で、私の方の心の準備が出来ていない。
お姉様の婚姻が決まると、割と早く私の婚約者探しが始まる。
ロクでもねぇ男たちとの、意味の無い顔合わせが!!
最初こそは「う〜ん、どの方にしようかしらぁ」なんて言っていたけど!
もう私の人生で婚約者はコイツって決まってるから!
どんだけ、ソイツを避けようとしても絶対にソイツが婚約者になるから!
ちょ…私の方がパニクり過ぎて…!
「お父様、私はもうすぐこの家を出るつもりでした。
自力で生きていくつもりでしたが。」
「なんだと!?生意気なっ!
今まで面倒を見てやった恩を忘れおって!」
お父様が席を立ち、お姉様の頬をぶった。
お姉様は黙り込み、お父様の平手を受け続ける。
私はと言うと、毎回聞いては続きの気になっていた
「おっ…お父様…私はもうす…!」
のセリフの続きが聞けて納得したーとの思いと、お姉様の婚姻の話が出た時の自分が言うべきセリフをまるっと忘れてしまってる上に、早くバカ親父の暴力を止めなきゃと、さっきよりパニックになっていた。
バン!!!!とりあえずテーブルを思い切り叩いた。
頬をぶたれ続けるお姉様と、お姉様を叩き続けるバカ親父、そして傍観していたお母様の視線が私に集まる。
「………キャハ!」
それしか思い出せんッッッ!!!




