8時限目: 教え子の涙と、雷鳴の裁き
1.講師による非合理な救出劇
貴族街の儀式場。カイトの術式によって儀式場の防護術式が反転し、警備隊員たちは、過去の記憶に囚われたアリオスと共に、マナ収束点の中心へと吸い込まれようとしていた。
レオンは、眼前の二重の危機を前に、静かに、しかし激しく憤っていた。
「チッ、本当に面倒だ!私の安寧を邪魔するためだけに、なぜこれほど非合理な行動を取らなければならない!」
レオンは鉄剣を納め、両の手のひらを警備隊員たちに向けた。彼の身体から、講師として磨き上げた極めて純粋なマナが湧き出す。それは、教科書で最初に教える**最も基礎的な「マナの指向性反転術式」**の応用だった。
――『基礎魔力操作学・応用:指向性衝動』
レオンは、カイトの仕掛けた**「マナの収束」**の力を逆手に取り、収束点にいる警備隊員たちと、呆然と立ち尽くすアリオスの背中に、極限まで圧縮したマナを一気に流し込んだ。
**ドオンッ!という鈍い衝撃音が響き、警備隊員たちはマナの流れから解放され、物理的に「弾き飛ばされる」**ように安全な後方へと退避した。アリオスもまた、過去の記憶から強制的に引き戻され、我に返った。
その瞬間、レオンの耳に、どこからともなくカイトの静かな声が響いた。マナ通信だ。
「先生、その非効率で非合理な行動、まさに**『英雄』ですね**。警備隊員と、過去に貴方を裏切ったかもしれない**『騎士』を救う。貴方の理論に反する自己犠牲です。私は、その『悲劇の英雄』がどうやって『闇の理論』**に屈服するか、証明します!」
2.聖女の助言と、真実の断片
レオンがアリオスの無事を確認する間、警備隊の隊列の後方にいたアストレイアが、神々しい金色の光を放ち始めた。
「レオン先生!」アストレイアの霊的な声が、レオンの意識に直接響く。「術式の核は、モニュメントの地下!カイトは、七年前の悲劇の現場で、あなたの理論を**『暴走』**させた!核を破壊してください!」
アストレイアの言葉に、レオンはハッとした。カイトは、レオンの理論を不完全に模倣しているのではない。七年前、闇組織がレオンの理論を暴走させたのと全く同じ構造を、この場所で再現しているのだ。
レオンは即座に、モニュメントの地下へと続く隠された通路を雷光で焼き破り、単身、突入した。
地下の空間で、カイトは術式の最終起動を待っていた。足元には、失踪した貴族令嬢が残したであろう、ぼろぼろの羊皮紙が散らばっている。
カイトは、レオンの突入に気づくと、涙を浮かべながら叫んだ。
「先生!見てください!この記録は、七年前の悲劇で、貴方が全てを背負う必要はなかったことを示しています!裏切ったのは、第三の英雄と、それを隠蔽した王族直系の貴族です!この理論を完成させれば、その黒幕の陰謀が、闇の力として公然と世界に晒される!」
カイトの真の目的は、闇のレシピの拡散ではなく、レオンの「黒歴史」の真の根源を暴き、レオンの汚名を晴らすことだったのだ。
3.理論家のプライドと雷鳴の裁き
「黙れ!」
レオンは、真実を拒絶するかのように叫び、鉄剣を構えた。
「私の面倒な人生に、君の非効率な正義感を持ち込むな!私の理論は、貴様のような傲慢な理論家が、安寧を脅かすための道具ではない!」
カイトの涙と、レオンの静かな怒りが地下で交錯する。レオンの憤りは、カイトの**「悪意ある理論の乱用」と、「過去の真実」**という、最も触れられたくない二つの要素に向けられていた。
レオンは、これまでの「最小限の労力」という信条を完全に捨てた。彼は、鉄剣に、講師としてのプライドと発明者としての怒りの全てを、惜しみなく注ぎ込んだ。
――『雷鳴の剣・真打:理論破壊』
それは、かつて世界を震撼させた**「雷鳴の剣」**が放った、最も派手で、最も破壊的で、最も効率の悪い一撃だった。雷光は地下空間を瞬時に満たし、**モニュメントの地下にあった闇の術式の「核」**を完全に、そして原子レベルで破壊した。
術式は崩壊し、カイトは呆然としたまま、レオンの雷鳴の残響の中に倒れた。
レオンは、捕獲を完了し、闇魔法の脅威を一旦は食い止めた。儀式は混乱しつつも回避された。
儀式場を後にするレオン、アリオス、アストレイアの不本意な同盟は一時的に解消された。しかし、レオンの**「黒歴史」**は、カイトの行動を通じて、王族と、未だ裏で暗躍する第三の英雄という、さらに深い闇の根源へと繋がっていることが示唆されたのだった。




