7時限目: 貴族街の戦場、過去の残響
1.貴族街の防衛戦:嫌々ながらの戦術指示
「グランド・マナ・アーク儀式」が執り行われる貴族街の大ホール。煌びやかな装飾とは裏腹に、レオン、アリオス、アストレイアの三人は、緊張感に包まれた中で潜入を果たした。
レオンは儀式場のマナの流れを監視する特殊な眼鏡をかけ、静かにアリオスに指示を出した。
「アリオス、君は警備隊を動かし、ホールの北西と南東の補助魔力線に、**『逆相転移』**の術式を仕掛けろ」
アリオスはレオンの指示に目を見張り、声を荒げた。
「馬鹿なことを言うな!『逆相転移』はマナの流れを乱す危険な手法だ!貴族の不興を買うどころか、儀式を主催する王族からの報復は免れんぞ!」
「私の指示に従え!」レオンは低い声で一喝した。「カイトの術式は、この儀式場の膨大なマナを触媒として起動する。儀式を中止させるのはもっと面倒だ。貴族の不興など、私の安寧に比べれば些細なことだ。部分的にマナの流れを乱し、術式が完成する前に触媒を減らす。それが最も被害の少ない策だ」
「最小限の労力か…」アリオスはレオンの冷徹な合理性に屈服し、奥歯を噛み締めながら指示を実行に移した。
2.過去の記憶と、騎士の動揺
アリオスが指示通りに警備隊を動かし始めたその時、儀式場の祭壇へと続く通路の脇に立つ、巨大な**「三柱の剣のモニュメント」**がレオンの目に飛び込んできた。
それは、七年前の**「三英雄の悲劇」**を記念して建てられたもの。レオン、アリオス、そしてアストレイアの三人が、ある任務で失敗した際、レオンが全ての罪を被り、このモニュメントに剣を置いて姿を消した、その場所を象徴するレプリカだった。
そのモニュメントを目にした瞬間、警備の指揮に当たっていたアリオスの動きが、ピタリと止まった。
(アリオス内心):「この場所……そうだ、あの時、レオンが我々を庇って……。違う、貴様が逃げたんだ!貴様が、我々の誓いを裏切った場所だ!」
アリオスの脳裏に、七年前のモニュメントの前でレオンが冷徹な表情で剣を置いた光景がフラッシュバックする。彼の指揮は乱れ、警備隊の隊列が一瞬にして崩壊した。
その動揺を、警備隊の最後尾から見つめていたアストレイアは、静かに目をつむった。彼女はモニュメントと、儀式場全体の奇妙なマナの歪みをリンクさせ、ある真実に気づき始める。
(アストレイア内心):「カイトの術式は、ただマナを枯渇させるだけではない。この儀式場のマナの構造は、七年前の**『悲劇の現場』と酷似している……カイトは、レオン先生の『罪』**をここで再現させようとしているのか…?」
彼女の表情が、人道的な警告から、深い悲しみと危機感へと変わった。
3.カイトの罠、そして三つ巴の窮地
アリオスの動揺を、レオンは一瞬も見逃さなかったが、それ以上に早く動いた者がいた。カイトだ。
「先生の戦術は予測済みです。非効率な策を選び、貴族の怒りを最小限に抑えようとする…まさに**『安寧を愛する講師』**の思考です」
カイトはどこかに仕掛けた術式を起動させた。すると、アリオスの警備隊が警戒していたはずの儀式場の防護術式が、突然反転した。防護術式は、外部からの攻撃を防ぐためにマナを収束させる機能を持っていたが、それが警備隊を内部から引き寄せる罠へと変貌したのだ。
グルルル…という音と共に、崩壊した隊列の警備隊員たちが、抗いがたい力で儀式場のマナ収束点の中心、つまりカイトの術式が起動しようとしている最も危険な場所へと吸い込まれ始めた。
警備隊は瞬く間に窮地に陥る。そして、アリオスは未だモニュメントの前で、過去の記憶に囚われ、立ち尽くしている。
レオンの顔に、怒り、困惑、そして絶望的な「面倒臭さ」が入り混じった。
「チッ、過去に囚われて指揮が乱れるとは…本当に面倒だ、アリオス!」
レオンの当初の目的は、カイトの術式の中枢破壊とレシピの抹消だった。だが、目の前には、警備隊員の危機と、過去の因縁に囚われたまま戦闘不能に陥ったアリオスという**「面倒な荷物」**が転がっている。
レオンは、ため息をつく暇もなく、鉄剣を抜き放った。
「面倒だ!だが、これ以上、私の周りで問題を増やされるのは我慢ならない!」
レオンは、自身の安寧を回復させるため、憎まれ役であるアリオスを救い、同時にカイトの術式を破壊するという、最も効率の悪い**「二重の任務」**に、嫌々ながら挑むことを強いられたのだった。




