5時限目:雷鳴と多層圧縮、三つ巴の乱戦
1.理論の激突
学院地下、旧マナ結晶精製所の廃実験場。暗く湿った空間で、レオンとカイトが対峙した。カイトは中央の錆びた実験台の前に立ち、レオンの雷光の剣を静かに見つめていた。
「よく来たな、カイト。君の今日の特別実習は、まず**『力の制御』**からだ」
レオンは余計な会話を省き、鉄剣の刀身に青白い雷光を極限まで収束させた。その雷光は、レオンの**「最小の労力で最大の制圧」**という意思を具現化したものだ。
「教師として、まず**『基礎』**を教えてやる!」
レオンの言葉が響くと同時、彼の剣が稲妻のような速さでカイトを襲った。『基礎魔力操作学・奥義:瞬速雷鳴』。派手さのない、純粋な速度と破壊の集中。
カイトは慌てることなく、懐に隠し持っていた小型の魔道具を起動させた。
「先生の理論は古いです。集中と効率だけが『基礎』ではない。私は、**『新しい基礎』**を証明します!」
カイトの足元に、微かな闇のマナが広がる。彼はレオンが「非効率」と断じた**『多層圧縮シールド・簡易版』**を展開した。
キンッ――
レオンの必殺の一撃が、カイトの防御に激突した。雷光は、カイトの周囲に展開された無数の極小マナ層に突き刺さるが、その破壊力は**「集中」から「拡散」**へと変換され、吸収されていく。シールドは弾けることなく、レオンの剣を静かに、しかし完全に受け流した。
カイトは一歩も動かなかった。
(この不完全さで…まさか…!私の純粋な集中攻撃が、非効率な拡散によって相殺されただと!?この『簡易版』には、私が理論上排除した**『拡散の力』**が組み込まれている…!)
レオンは、自身の理論が教え子によって実戦で打ち破られたことに、冒険者としての怒り以上に、発明者としての動揺を覚えた。
2.警備隊の突入と三つ巴の乱戦
「そこまでだ、レオン!カイト!」
その瞬間、廃実験場の重い鉄扉が爆音と共に吹き飛び、アリオスが鋼の鎧を響かせながら、警備隊員を率いて突入してきた。
「王都警備隊、特別制裁班だ!レオン・アークライト、貴様の私的制裁と、カイト・アステル、闇魔法使用の現行犯で、両名を確保する!」アリオスの怒号が響き渡る。
「チッ、面倒だ!」
レオンは即座に警備隊を警戒しつつ、カイトの捕獲を優先した。彼は警備隊に向けて、カイトのシールドを打ち破ったのと同じレベルの雷撃を、地面すれすれに放った。警備隊員たちは一瞬怯み、その間にレオンはカイトに向けて再度踏み込む。
カイトはレオンと警備隊の乱戦を冷静に見つめ、勝利への活路を見出した。
「教師と騎士の乱闘など、私の実験の障害です。排除します」
カイトは懐の魔道具を地面に投げつけ、改良型闇魔法の術式を起動させた。マナの流れは、廃実験場全体を巻き込む巨大な闇の回路を形成する。
――『深淵の灯・応用:広域マナ枯渇』
この術式が完成すれば、レオンと警備隊のすべての魔法能力は封じられ、無力化される。
3.聖女の静寂
闇の回路が活性化し始めた瞬間、警備隊の最後尾にいたアストレイアの顔色が変わった。彼女の目には、レオンの**「最終定理」**に酷似した、巨大な闇の術式が完成しつつあるのが見えていた。
「レオン先生、アリオス!下がって!闇の術式が広域マナ枯渇を始動させます!」
しかし、二人は乱戦の最中であり、アストレイアの警告は届かない。
アストレイアは、自身の聖なるマナの全てを、この危険な闇の術式の**『核』**の周囲に静かに、しかし絶対的な力で展開させた。
――『夜明けの聖女・極限:慈悲の静寂』
広範囲にわたる聖なるマナは、カイトの闇の回路を破壊するのではなく、その回路の起動を一時的に停止させた。まるで、闇の魔法の**『呼吸』**を止めたかのように。
マナ枯渇の恐怖は一瞬で去り、レオンとアリオスの魔法は保持された。
アストレイアの介入は、レオンに再びチャンスを与えた。しかし、レオンはカイトの防御の有用性と、その裏にある闇の計画に改めて憤りを覚えた。
三つ巴の乱戦は、聖女の介入によって一時的に均衡した。レオン、アリオス、そしてカイト。三者の思惑と理論が激突する、静かな夜の戦いは、まだ終わらない。




