4時限目:特別実習、裏切りの前夜
1.教師の権限と監視者の警告
レオンは講義後、カイトを研究室に呼び出した。カイトは恭しく一礼し、何の疑念も見せない模範的な生徒の顔をしている。
「カイト。君の今日の回答、技術的な知識は申し分なかったが、理論の応用においてはまだ指導が必要だ」
レオンはそう言いながら、他の生徒には決して与えられない「緊急特別課題」の指示書をカイトに手渡した。
「課題は『マナの指向性収束制御と多層圧縮の検証』。実習場所は、学院地下に存在する旧マナ結晶精製所の廃実験場。立ち入り禁止区域だ。今夜23時、そこへ来い」
カイトは指示書に目を通し、表情一つ変えずに言った。「先生、その多層圧縮の理論は、現在の基礎魔力学では非効率とされていますが?」
「だから特別課題なのだ。なぜ非効率な手法が生まれたのか、その理論家の意図を実地で理解することが重要だ。これは、講師としての私からの極めて個人的な教育的指導だ」
レオンの言葉には、教師の権限と、裏に隠された捕獲の意図が凝縮されていた。
カイトが退室しようとした瞬間、研究室の扉が開き、アストレイアが静かに現れた。彼女はレオンの横に立つと、カイトに優しく微笑みかけた。
「カイトさん、レオン先生は教育熱心な方ですが、どうか無理はなさらないで。特に、廃実験場は過去の闇が残る場所です」
カイトが去った後、アストレイアはすぐに表情を硬くし、レオンを問い詰めた。
「レオン先生、それは目的の逸脱です。なぜ、王都警備隊の捜査対象である生徒に、危険な特別課題を課すのですか?」
「私の教育方針だ。君には関係ない」レオンは即答する。
アストレイアは一歩踏み込んだ。「いいえ、関係があります。警備隊の裏調査で判明したことですが、失踪した貴族令嬢は、カイトさんと非公式の研究会で、『最終定理』の危険性について研究していた。彼女は、闇魔法の拡散を止めようとしていたのです。カイトさんは、単なる理論家ではなく、事件の鍵を握っています。力ずくの捕獲は、彼女の口封じにも繋がりかねません。彼を、人道的に追い詰めるべきです」
レオンはアストレイアの警告を無視し、冷たく言い放った。「黙れ、聖女殿。私の目的はレシピの抹消だ。それに、傲慢な理論家には、教師として実地で**『基礎』**を教えてやる必要がある」
2.鋼の騎士の疑念と先回り
その夜、レオンが装備を確認していると、研究室にアリオスが怒気を帯びた様子で踏み込んできた。
「レオン!貴様、何をするつもりだ?貴様がカイトという生徒に特別実習を課した情報は掴んでいるぞ。場所は学院地下の廃実験場だ。警備隊の立ち入り禁止区域だぞ!」
「教師の職務遂行だ、アリオス。君には関係ない」
「ふざけるな!失踪した令嬢が、カイトが主宰する研究会にいた証拠を掴んでいる!令嬢は貴様の『最終定理』の危険性を訴え、カイトと対立していた。貴様は私的な復讐で、教え子のカイトを闇組織のメンバーだと決めつけ、私的な制裁を加えようとしているのだろう!」
アリオスの疑念はもっともだった。レオンの動機には、レシピの抹消という大義名分だけでなく、自分の理論を冒涜した者への強い発明者としての憤りが含まれている。
「貴様が『雷鳴の剣』だった頃の悪癖だ。私情で動き、事態を混乱させる」アリオスは厳しくレオンを睨んだ。「貴様の復讐に王都の警備を巻き込むな。我々は、廃実験場に先回りする。貴様とカイト、両名が危険な行為に及んだ場合、公務執行妨害として、容赦なく確保する!」
アリオスはレオンへの疑念を深め、警備隊を動かした。レオンの特別実習は、アリオスによる警備隊の突入という、第三者の罠も内包する、複雑な三つ巴の戦場と化すことが確定した。
3.理論家の「招待状」
その頃、カイトは廃実験場へ向かう道すがら、レオンの指示書を淡々と見直していた。彼の顔には、模範的な生徒の笑みはない。あるのは、冷徹な理論家の確信だけだった。
「多層圧縮と指向性収束の検証…先生の意図は明白だ。私に、先生の**『最終定理の応用』**を実演させて、その場で制圧するつもりだ」
カイトは懐から、粗末だが精巧な魔道具を取り出した。
「しかし、先生の理論は素晴らしいが、まだ**『力』**への理解が足りない。私は、先生が否定した『多層圧縮』こそ、力を最大限に拡散し、広範囲に自由をもたらす鍵だと証明する」
カイトは、特別実習の現場を、レオンの**『雷鳴の剣』による純粋な制圧実験ではなく、自分の改良型闇魔法の防御術式の公開実験場**に変えるための準備を淡々と進めた。
「レオン先生。教師としての指導、確かに必要です。しかし、その前に、私の**『新しい基礎魔力操作学』**を学んでいただく必要がある」
夜23時。レオンは、鉄剣を静かに抜き、学院地下の廃実験場へと足を踏み入れた。その場所は、教師による捕獲作戦、教え子による反撃の罠、そして、因縁の騎士による一網打尽の企みという、三つの思惑が交錯する、静かな戦場となっていた。




