3時限目:教室の傲慢な理論家
講師の緊急指導
王都魔法学院、「基礎魔力操作学」の講義中。
レオンは教卓に立ち、昨夜イグニスと解析した闇魔法の残滓を図式化したものを、魔法投影機で黒板に映し出していた。もちろん、彼はこれが闇組織のテロで使われたものだとは伏せ、あくまで「非効率な理論モデル」として提示した。
「さて、今日の応用問題だ」レオンは気のない声で言った。
「ここに示したのは、魔力収束における『第7相連環』の、**『不完全な模倣』**だ。この手法は、理論上は成り立っているが、最終的な魔力出力は正規のものの半分以下に落ちる。これは、私がかつて提唱した理論を参考に作られたものだが、基礎がなっていない」
レオンは、鉄剣の鞘の柄で図を軽く叩いた。
「優秀な君たちなら一目で分かるはずだ。なぜ、オリジナルの理論を理解していながら、あえてこの非効率的で不完全な手法を選んだのか?この図には、技術的な欠陥ではなく、理論家の傲慢な意図が隠されている。欠陥を指摘せよ」
教室には、優秀な生徒たちの困惑のざわめきが広がった。彼らは真面目に教科書と突き合わせ、技術的な間違いを探し出すことに集中している。しかし、レオンが求めるのは、その先にある**「悪意ある理論家の思考」**だった。
完璧ではない、しかし意図を代弁する答え
数分の静寂の後、最前列でいつも静かに講義を聞いている一人の生徒が、控えめに手を挙げた。彼の名はカイト。成績は常にトップクラスだが、目立つことを嫌う、影の薄い存在だった。
「カイト、答えよ」
カイトは立ち上がり、レオンの鋭い眼差しにひるむことなく、静かに口を開いた。
「先生。この手法の欠陥は、純粋なマナの浪費と出力の低下です。しかし、理論家がこの手法を選んだ理由を仮定するなら、それは**『希少な触媒の排除』**にあります」
レオンは微動だにしなかったが、内心で警鐘が鳴り響いた。
「オリジナルの最終定理を完成させるには、高純度の**『星詠み結晶』**が不可欠です。しかし、この不完全な手法は、その高価で入手困難な結晶を排除し、安価で量産可能な、使い捨ての魔道具を代用として用いています」
カイトは一度息を継いだ。
「この理論家は、『最高の効率』よりも、『最大の拡散』を優先した。つまり、不完全でも、誰でも、大量に、迅速に、そして王都の魔力探知を避けて使用できることを意図したのではないでしょうか。技術的な間違いではなく、実用化への冷酷な割り切りです」
カイトの答えは、完璧な技術的な回答ではなかった。だが、それは、レオンが今、最も追っている「深淵の灯」の理論家の思考を、寸分違わず代弁していた。効率よりも拡散、純粋さよりも量産――まさに、王都を実験場にする「傲慢な意図」そのものだ。
講師の静かなる憤り
レオンは、カイトの眼差しをじっと見つめた。その奥には、知識に対する純粋な探究心とともに、どこか冷徹で、感情を排した理論家の光が宿っていた。
レオンは、カイトが席に着くのを待ってから、静かに言った。
「…まぁ、及第点だ。答えはもう少し複雑だが、君の洞察力は認めよう。着席しろ」
レオンは平静を装い、すぐに次の話題に移ったが、彼の心は激しく波打っていた。
(面倒なことが、こんなに近くに潜んでいたか)
「深淵の灯」の傲慢な理論家は、自分の教え子の顔をして、自分の講義に、自分の理論の欠陥を教えに来ていた。自分の「黒歴史」は、教室という最も安全なはずの場所で、今まさに進行していたのだ。
レオンは、その日の講義を予定よりも早く切り上げた。生徒たちがぞろぞろと退室する中、レオンはカイトの後ろ姿を冷徹に見つめた。
「安寧を求めた私の最も身近な場所で、私の理論を悪用し、王都を実験場にするだと?その根性が、講師として、そして発明者として腹立たしい」
レオンは、鉄剣を握りしめながら、静かに決意した。
「カイト・アステル。君には、教師として、そして理論の生みの親として、徹底的な『教育的指導』が必要だ。この面倒な黒歴史の尻拭いは、まず君の身近なところから始めさせてもらう」
レオンは、自身の教師の権限を最大限に利用し、教え子の「捕獲」と「対決」という、最も面倒で厄介な「授業」を開始することを決めたのだった。




