1時限目:聖女の監視と、王都の闇取引
監視役と新たなターゲット
レオンが「深淵の灯」による闇魔法レシピの拡散阻止を承諾してから数日後。彼の平穏は完全に失われた。
「レオン先生、ご気分はいかがですか?今日の講義内容は適切でしたか?」
学院の研究室。レオンが午後の講義の準備をしていると、静かな声がかけられた。振り返ると、そこにはアストレイアが、警備隊の隊服ではなく、清楚な修道女のローブ姿で立っていた。彼女はレオンの「正式なパイプ役」として、完全に学院内に居座っていた。
「アストレイア。君のその神々しいマナの光は、私の研究室の精密機器に悪影響を及ぼす。そして、私の講義内容に意見をするのはやめてくれ」
レオンは心底面倒くさそうに言った。アストレイアの存在は、レオンが何よりも隠したい「黒歴史」を常に突きつけてくる。
「申し訳ありません。ですが、あなたを王都警備隊に協力させる責任がありますから。私は、あなたがレシピ抹消という目的以外に、無駄な行動を取らないか監視する必要があるのです」
アストレイアの穏やかな口調の裏には、レオンの過去の過ちを二度と繰り返させないという、鋼のような決意が感じられた。
その時、レオンの隣にいたイグニスが、興奮した様子で通信水晶をレオンに突きつけた。
「レオン!警備隊からの緊急情報だ!『深淵の灯』が、新たに闇魔法レシピを使用した事件を起こした!今度は**『マナ枯渇』**だ!」
「マナ枯渇?」レオンの眉がぴくりと動いた。「それは、『レオンの最終定理』の中でも、特に応用が難しいとされる術式だ。単なるテロリストではなく、高度な理論家が関わっている」
今回の事件現場は、王都の交易区画にある巨大な魔力貯蔵庫。貯蔵庫のマナが文字通り吸い尽くされ、区画全体の魔力供給が停止し、大混乱に陥っていた。
闇取引の現場
レオンとイグニス、そして監視役のアストレイアは、即座に現場へ急行した。現場では、アリオスが苛立たしげに警備の指示を飛ばしていた。
「レオン!また貴様か!今度は何だ、講師殿。貴様の授業中に魔力供給が止まったとでも言うつもりか!」アリオスはレオンを見るや否や、皮肉を飛ばす。
「面倒な皮肉は後にしろ、アリオス。君たちの魔力探知は役に立たない。この**『マナ枯渇』**は、私の装置の理論を応用し、貯蔵庫のマナを一箇所に極限まで圧縮して持ち去った。普通の探知では、ただの『魔力消失』にしか見えない」
レオンは現場を一瞥し、すぐに結論を出した。
「奴らは、この枯渇させたマナと、別のレシピを交換する闇取引を企てている。この場所の枯渇したマナは、特定の闇魔法の起動に必要な触媒だ。取引場所は、王都東地区、旧市街の**『沈黙の劇場』**だ。急げ!」
レオンの即座の判断は、彼の闇魔法理論に対する深い理解からくるものだった。
アリオスは悔しさを噛み殺しながらも、「鋼の騎士」としての職務を優先した。「全隊、沈黙の劇場へ急行する!レオン、貴様は…」
「私は行く。レシピの抹消が最優先だ。アストレイア、君は私と共に行動しろ。君の聖なるマナは、奴らの闇の探知を妨害するのに最適だ」
アストレイアは静かに頷いた。「承知いたしました。あなたが目的から逸脱しないよう、常に監視させていただきます」
聖女との共闘、そして静かなる雷鳴
夜の旧市街、「沈黙の劇場」レオンとアストレイアは、静かに闇取引の現場に潜入した。レオンは、鉄剣に雷光を極限まで収束させ、アストレイアは、自身の全身に静かで強力な聖なるマナを纏わせ、闇の気配を打ち消す。
「君の聖なるマナは、本当に面倒くさいほど目立たない。…だが、奴らの闇探知を妨害するには最適だ」レオンは皮肉を込めて言った。
「あなたと行動を共にするのも、正直、私の過去にとっては面倒なことです。しかし、闇のレシピの拡散を食い止めるという目的は一致しています」アストレイアは冷静に返した。
劇場内では、「深淵の灯」のメンバー数名が、盗み出した圧縮マナを携え、別の闇組織と取引を行っていた。取引内容は、「虚無浸食」の改良型レシピだった。
「見つけた。あれが、レシピの原本だ」
レオンは、取引テーブルの上に置かれた羊皮紙を視線で捉えた。
「アストレイア、君は聖なるマナで周囲の闇の術師たちの動きを一瞬封じ込めろ。その隙に、私はレシピを回収し、一瞬で抹消する。余計な戦闘は避ける。最小限の労力で最大の成果だ」
アストレイアは頷き、静かに手のひらから聖なる光を解き放った。
――『夜明けの聖女・極小応用:慈悲の静寂』
光は爆発的な閃光ではなく、劇場全体を優しく包み込む静かな波動となり、闇の術師たちの魔力回路を一瞬停止させた。
その一瞬。レオンは動いた。
――『基礎魔力操作学・瞬速雷鳴』
彼の鉄剣は、雷光の残像を残すことなく、取引テーブルの羊皮紙を一閃した。雷光は羊皮紙を焼き尽くすが、周囲のテーブルには一切の焦げ跡を残さない。
「手間がかかる…」レオンは小さく呟いた。
レシピの抹消と同時に、警備隊が劇場になだれ込む。アリオスの怒号が響く中、レオンは鉄剣を納め、アストレイアと共に静かに現場を離脱した。
レオンは、また一つ、自分の**「黒歴史」**の拡散を防いだことに安堵した。しかし、彼の心には、新たな疑問が浮かび上がっていた。
「深淵の灯」は、一体どこからこれほど高度な「闇魔法のレシピ」を入手し続けているのか?そのレシピは、「レオンの最終定理」の理論的完成形を示していた。レオン自身も、未だ辿り着いていない境地だ。
レオンの「黒歴史」は、彼自身が思っている以上に、深い闇の根源と繋がっているのかもしれない。




