1学期プロローグ:魔法教師の不本意な英雄譚
0. 最小限の労力で、最大の安寧
王都魔法学院と提携する「見習い魔法師育成講座」。陽光が差し込む、広々とした教室で、レオン・アークライトは、教卓にもたれかかっていた。
彼の現在の肩書は「基礎魔力操作学」の講師。週に三回の講義と、時折の簡単な実習指導。これだけで、贅沢さえしなければ、裕福な生活が維持できる。
「マナの収束は、極力エネルギーを拡散させないことが基本です。皆さん、私の講義で学んだことを、野外での実戦で活かそうなどと考えないでください。危険です。命の重さと報酬が割に合わないのが冒険者の宿命ですから」
彼は、真剣にメモを取る生徒たちに向けて、心の底から面倒くさそうな声で忠告した。
かつて、彼は**「雷鳴の剣」**と呼ばれた。
冒険者A級ランキング3位。その名は、一撃で山を削り、古代の魔獣を葬り去った破壊的な魔法剣士として、世界中に轟いていた。
だが、それも七年前のこと。
大金と危険を天秤にかける日々が「面倒」になり、そして、彼の人生を決定的に変えた大事件――**「三英雄の悲劇」**を境に、彼は全ての剣と鎧を捨てた。
レオンの人生哲学は今や、**「最小限の労力で、最大の安寧」**だ。
平穏で、安全で、教卓の上で冷めた紅茶を飲む。これ以上の贅沢はない。
1. 黒歴史、招かれざる再燃
しかし、その安寧は、ある日の午後、教卓の上に置かれた一枚の極秘文書によって、音を立てて崩れ去る。
王都警備隊、機密情報捜査課からの、若き貴族令嬢失踪事件に関する協力依頼。
「面倒だ。お断りだ」
レオンは即座に拒否するが、文書の末尾に記載された捜査特別班の構成員リストを見て、呼吸を止めた。
そこには、彼が二度と顔を合わせたくない因縁の者たち、彼の過去の全てを知る**「黒歴史の生き証人」**の名が並んでいた。
――そして、事件の痕跡。それは、彼が自分の発明によって生み出してしまった、闇魔法の究極のレシピ**「レオンの最終定理」**が、王都の闇組織に広く出回っていることを示唆していた。
「自分の研究の残骸の尻拭いなど、まっぴらごめんだ」
レオンは心の中で叫んだ。しかし、このまま放置すれば、彼の平穏な生活は、闇魔法の拡散という形で確実に脅かされる。そして、過去の失態を知る者たちに、彼の引退の真の理由が暴かれるかもしれない。
レオンは、深い溜息と共に、教卓から静かに立ち上がった。
彼は、講師の制服から動きやすい黒い装束に着替える。その手には、雷光を極限まで収束させた、派手さのない鉄剣。
「全く、面倒だ」
彼は、安寧を求めたはずの自分が、皮肉にも自らの**「黒歴史」**によって、最も面倒で終わりのない冒険へと強制的に駆り出される運命を呪った。
これは、最強の講師が、自身の**「罪」と「因縁」を消し去り、ただひたすらに「平穏な日常」**を取り戻すために、嫌々ながら英雄を演じる物語である。
――彼の不本意な英雄譚が、今、幕を開ける。




