屈辱的な契約
ちょっと「ざまぁ」の回です。
商談で外国を飛び回っている次兄が、帰国した。
僕は養子に出たので、頻繁に生家に戻るのはよくないと思う。けれど、義父のお許しを得て、一泊で帰ることにした。
次兄はたくさんのお土産を持ち帰っていて、その中には義父と義母への贈り物もあった。
違う文化の興味深い話や「常識」が異なるゆえに気をつけることなど、話は尽きない。
ふと「白い結婚」について、物知りな次兄の意見を聞きたいと思った。
「友達の話なんだけどね……」と前置きをして説明したら、「とんでもない話だ。紳士ではなく詐欺師だ」と皆から非難囂々。
心の中で「やはり、そうだよなぁ。この先、どうしよう」と思ったところで、父が執事に明日の予定を調整するように指示を出した。
さらに、義父に訪問する旨の先触れを朝一番で出すようにと言い出す。
僕が驚いて慌てていると、長男のウィリー兄さんが「友達じゃなくて、お前の話だろう」と頭にぽんと手を置いた。
次男のロン兄が、「よく相談したな。偉いぞ」と僕の鼻をつつく。
恥ずかしいけれど、涙が後から後から出てくる。ちょっと、僕の将来どうなるんだろうとか不安だったみたい。
ついに、母上に抱きしめられてしまった。恥ずかしいけれど、これを振りほどくのは紳士らしくない……仕方ない、そういうことだ。
翌日の午後、養子先へ帰宅する馬車に父と公証人が同乗してきた。
状況がわからず少し機嫌が悪い義父と実父が応接室で向かい合う。
僕は義父の隣に座った。
「本来、養子に出した子について、実父といえども他家の人間は口を出すべきではない……というのは承知の上で、お話ししたきことがございます」
父の方が年上だが、養子先は本家だし爵位も上なので、丁寧に願いでる。
「……なんでしょう?」
不機嫌を隠さず、腕組みをして養父が応じた。
「奥方が不妊ゆえ、養子を望まれた――これがこの養子縁組の大前提でした。違いますかな?」
養父は横にいる僕に視線を向けた。睨むまではいかないが、確実に「お前、チクったな」という目だ。
結果的にバレたけれど、進んで密告したわけではないのだが……僕への信用は落ちただろう。この先、ここで暮らしていくの大丈夫かな。
「不妊どころか、白い結婚だというではないですか」
貴族らしい遠回しの会話をせず、ずばりと切り込む。
「関係ないだろう?!」
養父が声を荒げた。貴族としては、かなり沸点が低いな。
「息子の将来が関係しないなら、あなた方夫婦のことになど口出ししませんよ。
このまま白い結婚を貫くならまだしも、それを覆したいのですよね? それが成就した暁に子ができたら、クリスを当家に戻すおつもりなのでは?
その場合、『関係ない』はずがない」
父は静かな声で、射殺しそうな目で告げた。
「……そうですね」
義父は腕組みをやめ、うなだれた。
言い負かされるの、早いな? もう少し反論というか、抵抗するものじゃないのか?
良くも悪くも単純で素直なんだよなぁ。
「分家だからと当家を侮り、不誠実だったことをお認めくださるか」
父よ、内心はそうだろうけれど、こんな場で言うことでは……。
「……それは……申し訳なかった」
えええ? 認めちゃったよ。
義父よ、それを認めたらどんな要求を突きつけられるか、わかったものではないぞ。
父はチャンスを逃さない男だ。
父は「ふむ」と考えるふりをした。いや、もう、どうするか昨晩しっかりと策を練ってきたに違いない。
「では、万が一、この養子縁組が解消された場合は当初の予定に加えて、君が持っている株――造船会社のものを半分いただこうか」
それは、ふっかけすぎでは?
「いくらなんでも、それはひどい!」
父は義父を睨めつけた。
「ええ、ひどいですな。常識を外れた要求です。
だが、それくらい、貴殿のやっていることが非常識なことだと自覚召されよ」
義父は青ざめて、口を中途半端に開けた。何か言いたかったのだろうが、出てくることはなかった。
その様子を見て、父は勝利を確信したようだ。
父は太い指を揃えて、手のひらを上に向け義父を指し示した。
「もし拒否されるなら、養子縁組の前提条件に意図的な隠蔽があったとして、縁組みは即刻解除する。
その場合、息子に瑕疵があると誤解されたら困るので、白い結婚とそれを覆すべく君が努力していることを周知させてもらうぞ」
これで、断る道はふさがれてしまった。
という話し合い(?)の結果――養子縁組は継続されることに。
縁組み解消の際はその理由の如何を問わず、慰謝料として株を譲渡する。
義父はその分の株を確保しておかなければないと明記され、自由に売却できなくなった。
資産はあっても動かせない……すでに、経済的制裁が始まっているようなものだ。
公証人を連れて来ていたので、その場で契約変更が成立。
外堀を埋められたとはいえ、ほとんど抵抗しない義父の姿に不信感が募る。
この人、カモだな?
他にも騙されていないか、すごく不安になる。
公証人が契約書を鞄にしまうのを横目に、ついでのように父が付け足した。
「これを境に息子の扱いが悪くならないか心配なので、明日にでも我が家の使用人を数人派遣します。
それから、月に一度、こちらの人間が訪問することをお許しいただけますな」
「そんな……何をお疑いになるのです? そこまでしたら、信頼関係を壊しますよ」
父は、弱々しい義父の抵抗を鼻で笑った。
「嫁に、常識では考えられないことを要求して、冷遇した人間が何を言う。
養子に出したが、血を分けた息子を守ろうとするのは当然だろう」
公証人はうなずいて、父の味方をした。
「はあ、先代に頼み込まれたので了承したが、このような不誠実なことを重ねるなら……」
父は大げさにため息を吐き、思わせぶりに言葉を切った。
「失った信用を取り戻すのがどれだけ大変か、わかるか。
いや、それがわからないから非道なことを考えるのかもしれないな。
夫に大切にされない妻、いつ追い出されるかわからない養子……そんな立場に置かれる者の気持ちを想像してみろ。
今後は、自分の行動がどのような意味を持つのか、その結果どうなるかをよく考えるといい」
義父は蒼白になり、頭を抱えた。
この人は、義母や僕に悪いと思うのではなく、自分が追い詰められた被害者だと思っているのか。
冷たい風が胸の中を通り過ぎたような気がした。
ぼっこぼこで勝負になりませんね。
ここまで一方的だと、ちょっと可哀想かも?