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血伯爵の恋  作者: 劫火
番外篇
18/18

下。

目を閉じた刹那、曉茉の脳裏に、これまでの人生の記憶が洪水のように押し寄せた。幼き日の些細な出来事も、ハンターとしての冒険の数々も――

嬉しかったこと、悲しかったこと、危険な場面、心躍る瞬間、その全てが、細部まで鮮明に再生される。

そして、ある少年と出会った夢のような日々も――

曉茉は再び、あの小川と橋のある、まるで桃源郷のような場所へ戻っていた。夕陽が彼の銀髪を淡く橙色に染め、その血紅の瞳さえも優しさを帯びていた。

少年は今もなお、少女の頬をそっと包みながら、未完の言葉を続けた。

「またあのバカトカゲが出てきたら、僕がぶっ殺してやる。」

当時、曉茉は呆然としてしまった。

――これが古龍の本能なのか、それとも宿敵としての運命なのか。

彼女はさまざまな理由を思い浮かべたが、どれも彼の答えではなかった。

その純粋な瞳を見つめて、少年は自分たちの思考がすれ違っていることを悟り、ふっと肩をすくめて、苦笑した。

「……まあ、あいつの面が気に食わないってのが一つな。」

少年は曉茉の前では、いつもより少しだけ寛容だった。長い指で、曉茉の茶色のポニーテールを弄びながら、淡々と語る。

「もう一つは――お前だ。」

そう言いながら、不意に顔を近づけて、額をそっと重ねた。

額から伝わる温もりが、胸の奥に熱を宿し、心をとろけさせた。

その記憶の温もりは時を超えて、今この瞬間の曉茉の額にも熱を残す。翠の瞳が自然と開かれたとき、目に映ったのは――

夢にまで見た、あの姿だった。

メルゼナが、血の眷属を従え、天空より降臨した。

古龍の姿のまま、ガイアデルムに猛然と襲いかかり、その巨体すら衝撃に耐え切れず、岩壁に激突して気絶する。

その瞬間、百人以上のハンターが歓喜と驚愕の声を上げ、次々とガイアデルムへ向かって突撃する。

だが、曉茉だけはその場で呆然と立ち尽くし、半空に漂う銀白と深紅の交錯する古龍を見上げていた。

彼女の耳には、現場の歓声も怒号も届かない。まるで魂は、あの忘れられない穏やかな日々に囚われたまま。

彼女の目に映る古龍は、あの竜人の少年でしかなく――彼の声が、今もなお心に蘇る。

「お前はきっと立ち上がって、自分より弱い誰かの前に立ちはだかるんだろ?」

メルゼナは茶目っ気たっぷりに、曉茉の頬をつねる。

「……で、結局泣くんだよな?ダメだよ、泣かせていいのは僕だけなんだから。」

どうしてそんなに確信してるの?

別に、泣くほどの時じゃないのに――

曉茉は目をぎゅっと瞬きし、歯を食いしばり、傍らに落ちていた狩猟笛を再び手に取る。

かつて過ごした数少ない時間と同じように、彼女はメルゼナの攻撃に合わせて、ガイアデルムとの決戦に参戦した。

メルゼナの出現は、戦局を大きく覆した。

二体の古龍が拮抗することで、ガイアデルムは噛生虫を自在に操れなくなり、自身の身体から剥がれ落ちた赤い結晶を吸収しようとしたものの、それが逆に口腔内で爆発を引き起こした!

ガイアデルムは紅光の翼で再び岩壁を這い上がろうとしたが、何かを仕掛ける前に、メルゼナの一撃によって再び地底へ蹴り落とされる。

「曇り空はいつか晴れる!闇夜にも夜明けが来る!世界を永遠に覆う闇なんて、存在しない!」

王国騎士フィオリーネが声を上げ、士気を鼓舞する。彼女の号令の下、ハンターたちは一斉にガイアデルムに襲いかかり、その一瞬の隙すらも見逃さない。

曉茉も狩猟笛を振るい、旋律を何度も奏で続けた。やがて、疲労で動きが鈍り始めた頃、彼女は異変に気づく。

ガイアデルムが、もはや這い寄ってこない。爆風を巻き起こそうとするものの、力が足りず、空を仰ぎながら何度か痙攣した後、力なく崩れ落ちた。

まるで油が尽きた灯火のように、ガイアデルムの赤い結晶と、纏っていた異様な紅光、そしてその命までもが、静かに消えていった。

――討伐、成功……したのか?

誰もがガイアデルムの動かぬ姿を見つめ、疑念と安堵の狭間で固まる。

だがその刹那――

ガイアデルムの死骸から、一匹の噛生虫が、空へと飛び立った。

程なくして、さらに多くの噛生虫が出現した!

強大な宿主を失った寄生生物たちは、今や地底の人々を取り囲み、狂ったように次の宿主を探し始めた。

疲弊しきったハンターたちは、再び武器を手に取り、必死に応戦する。

再び悲劇が始まるかに思われたその時、突如すべての噛生虫が追撃を止め、飛び去っていった。

次々と信じられない光景が現れる中、曉茉を含む誰もがすぐには理解できず、ただその飛行の軌跡を見守るばかり。

噛生虫たちはまるで導かれるように、ふわりとメルゼナの元へ集まっていった。

かつて別の古龍に寄生していたはずの噛生虫の群れは、今や全てメルゼナの身体へと吸い寄せられていく――

やがてメルゼナは翼を広げ、雷のような速度で地底を飛び去った。

そして、曉茉の方を一度も振り返ることなく、視線すら交わすことなく――

彼は彼女を地底に残し、飛び去っていった。

「曉茉ーーー!追いかけてッ!」

止弦の叫びが、雷鳴のごとく響いた。

その声に曉茉は我に返り、ようやく理解した。

――メルゼナは、何か愚かなことをしようとしている!

彼女はすぐに口笛を吹き、キャラメルが駆け寄ってくる。

曉茉はその背に飛び乗ると、迷いなく駆け出した。止弦、汰華、瑞雷の三人もまた、何の躊躇もなく妹に続き共に駆け出す。

「曉茉、これを――!」

人ごみを抜けようとしたその瞬間、バハリが彼女に向かって叫び、何かを投げた。

慌てて受け取り、近くで確認すると、それは金色の液体が入った試験瓶だった。

「これが最後の一本だ!他のは拠点が崩れたときに全部割れちまった!」

――この場を離れられないバハリが、それでも託した、貴重な古龍実験の成果。

「量は調整済みだが、効果は未検証!幸運を祈る!」

曉茉は走りながら敬礼し、キャラメルと翔蟲の助けを借りて、瓦礫を越え、地上へと戻っていった。

焦りに駆られ、周囲を見渡すが、メルゼナの姿はどこにもない。周囲に漂う血の匂いが強すぎて、微かな痕跡すら探れない。

キャラメルも懸命に嗅いだが、何の手がかりも得られなかった。

「いない……空にも、林にも……早すぎるよ……」

「ちくしょう!人間とガルクじゃ、古龍には追いつけない!」

汰華と瑞雷は、静まり返った城塞高地を見つめながら苛立ちを隠せず、その姿も行方も掴めぬまま、途方に暮れていた。

「……違う、あれを見て!」

曉茉が指差した先には、元々この地に住んでいた小型モンスターや環境生物たちが、まるで大脱走のように、彼らの方へと押し寄せてくる!

キャラメルは体格差のあるメルクーを避けつつ、足元を駆け抜けるクグツチグモを踏まないよう注意しながら、その場でぐるぐる回るほど混乱していた。

――城塞高地をこのような混乱に陥れる存在など、答えは一つ。

ハンターたちは、モンスターたちの波をかき分けながら進み、やがて、ある広場のような場所へと辿り着く。

そこには、無数の血のような赤を放つ噛生虫たち――

その数は千を超え、広場全体を覆い尽くしていた。

曉茉の視線は、空を埋め尽くすようなそれらの虫を越えて、ようやく彼の姿を見つけた。

――メルゼナ。

さっきまでのガイアデルムを叩き伏せた勇猛さは見る影もなく、彼はわずかに盛り上がった石畳の上に横たわり、今にも息絶えそうな様子だった。

三年前の別れより、さらにやつれたその姿。

――噛生虫による寄生の影響が、じわじわと彼を蝕んでいたのだろう。

ガイアデルムは、その衰えた状態を察知して這い出てきたに違いない。

今、ガイアデルムは討伐され、この地に残されているのは、半ば命を失いかけたメルゼナのみ。

狡猾な噛生虫たちは、もはや忠実な従者を装うことなく、貪欲にメルゼナに取り憑き、その力を貪り喰らっていた。

かつて、空を裂いたその古龍は、今やただの“肉塊”のように、虫たちに食い荒らされていた。

その時、メルゼナがふいに目を開けた。

何かを感じ取ったのだろう。

彼は苦悶に耐えながら身体を起こし、翼を広げて噛生虫を振り払おうとした。

だが――もう、力は残っていなかった。

むしろ噛生虫の群れは、彼を逆に支配し始めた。

曉茉の姿が龍の瞳に映っても、そこに、もはや彼の情熱は宿っていなかった。

「――グォオオオォ!」

メルゼナは、命懸けで駆けつけたハンターたちに向け、威嚇の咆哮を放つ!

その叫びに応じるかのように、噛生虫たちは大群となって空中で編成し、一斉に地上へと突撃してきた――!

真紅の嵐が空を覆い、牙と羽が乱舞する。

逃げ場などどこにもない――

そう思われたその瞬間、曉茉の目の前に、ひときわ大きな影が立ち塞がった――

瑞雷はその身ひとつで仲間たちの前に立ち塞がり、鉄蟲糸を地面に撃ち込み、盾をしっかりと構えた。

「たかがクソ虫ども、いくら数がいようと虫は虫だろうが!」

噛生虫が盾に激突した瞬間、チャアクの機構が起動し、瑞雷はその武器を大きく振り回して襲いかかる虫たちをなぎ払い、無理やり活路を切り開いた!

他の三人は言葉を交わすことなく、その突破口へと走り込む――

だが、まだ数歩しか進んでいないうちに、メルゼナが発狂したように彼らを攻撃し始めた!

噛生虫の支配により、メルゼナの全身は妖しい黒紅の光に包まれ、三人の頭上に瞬間移動すると、翼を広げ、地面へと黒紅のエネルギー弾を叩きつけた!

爆発が四方八方へと拡がり、ハンターたちは散り散りに分断され、戦場は混沌に包まれる。

だが、信頼し合う仲間は、たとえ視界に入らなくても、互いに互いのために動ける――それが真の連携。

止弦は跳ねるように後方へと回避し、片膝をついた瞬間には、すでに鉄蟲糸を巻いた矢を番えていた。

弓を引き、放つ――その動きはまさに一瞬の流れ。

矢は風を裂き、砂塵を貫き、虫群や赤黒い衝撃波をすり抜け、メルゼナの後脚に突き刺さる!

その一撃で、メルゼナの動きがほんの半秒止まった――

そのわずかな隙に、ひと筋の光を放つ鉄蟲糸が、彼の喙に絡みつく。

汰華はその糸を両手で掴み、引き寄せられる勢いを利用して砂塵の中から飛び出す。

そのままメルゼナの頭部に飛び蹴りを叩き込み、仇敵の注意を自分へと引きつけた!

だが、即座に血色の翼が鎌のように汰華へと振り下ろされる――

「曉茉!!」

灰色の砂塵、黒紅に染まる残光、そして空を覆う血飛沫の如き噛生虫たち――

この混沌の只中で、ひとつの小さな影が、いつの間にか翔蟲を投げ、戦場の頂点へと舞い上がっていた。

「一人で抱え込まないでよ、このバカぁーーー!」

あの日、彼らは「もっと強くなる」と約束した。

それはまさに今、この瞬間のためだった。

――誰か一人に、全ての痛みを背負わせないために。

曉茉は薬瓶を投げ、それを狩猟笛で打ち砕いた。

金色の薬液は旋律と共に広がり、全戦場へと癒しの力を届けていく。

曉茉は再び翔蟲を投げて地上に戻ろうとするが――

翔蟲はすでに力尽きていた。

空中に掴めるものは何もなく、身体は強烈な遠心力に晒され、心まで引き裂かれるような感覚に襲われる。

曉茉は反射的に目を閉じた。

あとは、ただただ、落ちるばかりだった――

薬の効果は――あったのだろうか?

もし成功していたのなら、みんなが無事でさえいれば、自分が墜落して死んでも悔いはない。

……でも、もし失敗していたら……

もし黄泉の国があるのなら、そこで皆に謝るしかない――

思ったよりも早く、彼女は着地した。

だが、痛みもなく、固い地面に叩きつけられた感覚もなかった。

まるで帆布のようなものに包まれ、全ての衝撃を柔らかく吸収されたようだった。

曉茉はおそるおそる目を開ける。

最初に映った光景は――

空に舞う無数の噛生虫たちが、まるで桃色の花びらのようにひらひらと散り、やがて風に溶けて灰になっていく姿だった。

彼女は身を起こすと、自分が淡い青色の翼膜の上に横たわっていたことに気づく。

顔を横に向けると、穏やかで静かな龍の瞳と目が合った。

間一髪のところで、メルゼナは噛生虫の操りから解放され、意識を取り戻し、翼を広げて曉茉を受け止めていたのだ。

だが、その事実よりも曉茉が驚いたのは、別のことだった。

――銀と青、それこそがメルゼナの本来の色だったのか。

ああ、ということは、薬が……完成していた、ということ?

彼の身体に付着していた紅い結晶がすべて砕け、成体も幼体も含めた噛生虫たちがことごとく動きを止め、塵となって消えていく。

ようやく事態を理解した曉茉が、喜びを浮かべかけたその瞬間――

再び、強烈な遠心力が彼女の身体を襲った!

メルゼナは長く飛んではいられなかった。

力尽きたかのように、その巨体はまっすぐに落下していく。

だが、着地する寸前、彼は最後の力を振り絞って身を捻り、曉茉を庇うように自らが地面を受け止めた。

その瞬間、曉茉は無意識のうちに彼の頭部へと駆け寄り、持ちうる全ての回復薬を取り出して口元に流し込んだ。

だが――何の反応もない。

彼女の頭は目まぐるしく働いた。

これまでの調査経験から助かる方法を探そうとするも、何も浮かばない。

噛生虫に寄生されたモンスターたち――

末期の個体は、誰一人として助からなかった。

焼け焦げた死骸たちの姿が、今目の前に横たわるメルゼナと重なって見える。

「お願い……死なないで……今、何とかするから……」

彼にその声が届いているのかはわからない。

メルゼナの呼吸は、徐々に浅く、弱々しくなり、開いた瞳も、時に澄み、時に霞み、意識の狭間を漂っていた。

長い戦いを経て、曉茉の身体もまた限界を迎えていた。

立つことすら困難で、手足が震えている。

それでも彼女は意地で狩猟笛を握りしめ、何度も何度も回復の旋律を奏で続けた。

止弦、汰華、瑞雷――彼らの傷は曉茉の笛でとっくに癒えていた。普段なら元気になった途端に騒ぎ出す三人が、今はただ沈痛な面持ちで、笛を振り続ける彼女を見守っている。

「もういい……もう十分だよ。俺たち、全力は尽くした……」

止弦は見かねて曉茉の肩に手をかけようとしたが――

彼女はそれを力強く振り払った。

なおも笛を持ち直し、再び奏でようとしたその時――

バキッという音と共に、狩猟笛が真っ二つに折れた。

曉茉の心も、笛と共に砕けた。

彼女はその場に崩れ落ち、ただ呆然と、メルゼナの命がゆっくりと、確実に、消えていく様を見つめるしかなかった。

……自分には、何もできない。

「……提督……」

不意に汰華の声が響いた。

曉茉が顔を上げると――

いつの間にか、エルガドの騎士団と調査団が駆けつけていた。

「タドリさん……バハリさん!」

最後の希望にすがるように、曉茉は膝をつき、嗚咽混じりにすべてを訴えた。

「メルゼナを……助けてください……!回復薬も、秘薬も、笛の旋律も、全部だめで……!」

バハリとタドリは無言で目を見交わす。言葉はなかったが、その表情だけで伝わってきた。

――彼らでさえも、この異常な傀異化に対しては、何も打つ手がないのだ。

曉茉は言葉を失った。

自分の知りうる全ての方法を試した。

そして、どの道も、すべて行き止まりだった。

タドリやバハリですら無理なら――

それはもう、本当に「どうしようもないこと」なのだろう。

せっかく、また会えたのに。

せっかく、奇跡のような再会を果たしたのに。

あんなに必死に、あんなに努力してきたのに。

――なぜ、こんな結末しか残されていないの?

「――まだ、諦めるには早い。」

優しくも力強い声が響き、人混みをかき分けて雑貨屋のオボロが姿を現した。

意外な人物の登場に、その場のハンターたちも次々と驚きの表情を浮かべる。

「モンスター……特に古龍という存在は、もともと非常に強く、力に満ちた生き物です。だからこそ、大地を支配する王となり得たんです。」

焦るような口調で、しかしできる限り言葉を選びながら、オボロは語り続ける。

「そして我々竜人族が長命なのも……ひょっとすると、モンスターの力を自身の命へと変換する術が、どこかにあるからかもしれません――」

一つひとつ、丁寧に言葉を紡ぎながら、オボロは曉茉の足元に、小さな小道をそっと築いていく。

それは、少女の心を導く細く儚い光の道――

潤いを失っていたはずの緑の瞳が、その「最後の、唯一の希望」を見出し、再び輝きはじめる。

たとえ瀕死の状態であっても、メルゼナはハンターとは比べものにならないほど強い存在だ。

その力を、命へと変える方法――

あの、「龍を人の姿に変える術」――

曉茉は、今にも命が尽きそうなメルゼナのもとへと歩み寄る。

そっとその大きな口元に手を添え、静かに顔を近づけていく。

――人間の少女が、ひとつの祈りを込めて、キスを捧げる。

まぶたを閉じた瞬間、止まっていたはずの涙が、真珠の首飾りの糸が切れたようにぽろぽろと零れ落ちていく。

どうか、奇跡よ、もう一度――

そう願って、そう信じて、彼女は瞳を開けようとしなかった。

もしも、そこに自分の願った景色がなかったら。

その現実を知るのが、怖かった。

だから彼女は、ひたすらキスを続けた。

まるで最初の、あの思いがけない口づけに戻ることができるかのように。

再会を永遠に、最も美しい瞬間のまま閉じ込めたくて――

だが、突然――

誰かの手がそっと彼女の後頭部に添えられ、そのキスはさらに深くなった。

本来ならば恥ずかしくも甘い行為の中に、あまりに大胆なその動作に、曉茉は驚いて思わず目を見開いた。

そしてそこに映ったのは、見慣れた、愛おしい、あの瞳――

再会を夢見続けた、悪戯っぽく細められた「赤い瞳」だった。

メルゼナは曉茉の頬を包み込み、ひとつひとつ、やさしく涙を拭っていく。

「やっぱり……泣き虫のままだな。」

――奇跡は、もう一度、訪れた。

その巨大な古龍の姿は、再び竜人の少年へと姿を変え、満身創痍ながらも、意識を取り戻し、そして、最愛の少女に冗談を飛ばす余裕すらあった。

メルゼナは力なく笑った。それが余計に曉茉を安心させた。

そして曉茉は――さらに大泣きした。

この三年、ずっと考えてきた。

再会したら伝えたいことが、山ほどあった。

でも、いざその瞬間を迎えたら――何も言葉はいらなかった。

泣き虫でいい。だって、ほんとうに、泣き虫なんだもの。

彼女はメルゼナの胸に飛び込む。

彼の「痛い痛い」と弱々しい声にも構わず、ぎゅっと、強く、強く抱きしめて――

今までこらえてきた涙を、一気に放った。

その姿に、周囲の者たちも思わず笑いながら涙をぬぐうしかなかった。

透き通るような紫の夕暮れが青に溶け、きらめく星々が薄れていくなか、ようやく、長く続いた夜が明けていく。

あたたかな太陽の光が、荒れ果てたこの城塞高地に、静かに射し込んだ。

幾多の試練を乗り越え――

竜人の少年と、獵人の少女は、夜明けの中で抱き合った。


(番外編・完)


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