下。
目を閉じた刹那、曉茉の脳裏に、これまでの人生の記憶が洪水のように押し寄せた。幼き日の些細な出来事も、ハンターとしての冒険の数々も――
嬉しかったこと、悲しかったこと、危険な場面、心躍る瞬間、その全てが、細部まで鮮明に再生される。
そして、ある少年と出会った夢のような日々も――
曉茉は再び、あの小川と橋のある、まるで桃源郷のような場所へ戻っていた。夕陽が彼の銀髪を淡く橙色に染め、その血紅の瞳さえも優しさを帯びていた。
少年は今もなお、少女の頬をそっと包みながら、未完の言葉を続けた。
「またあのバカトカゲが出てきたら、僕がぶっ殺してやる。」
当時、曉茉は呆然としてしまった。
――これが古龍の本能なのか、それとも宿敵としての運命なのか。
彼女はさまざまな理由を思い浮かべたが、どれも彼の答えではなかった。
その純粋な瞳を見つめて、少年は自分たちの思考がすれ違っていることを悟り、ふっと肩をすくめて、苦笑した。
「……まあ、あいつの面が気に食わないってのが一つな。」
少年は曉茉の前では、いつもより少しだけ寛容だった。長い指で、曉茉の茶色のポニーテールを弄びながら、淡々と語る。
「もう一つは――お前だ。」
そう言いながら、不意に顔を近づけて、額をそっと重ねた。
額から伝わる温もりが、胸の奥に熱を宿し、心をとろけさせた。
その記憶の温もりは時を超えて、今この瞬間の曉茉の額にも熱を残す。翠の瞳が自然と開かれたとき、目に映ったのは――
夢にまで見た、あの姿だった。
メルゼナが、血の眷属を従え、天空より降臨した。
古龍の姿のまま、ガイアデルムに猛然と襲いかかり、その巨体すら衝撃に耐え切れず、岩壁に激突して気絶する。
その瞬間、百人以上のハンターが歓喜と驚愕の声を上げ、次々とガイアデルムへ向かって突撃する。
だが、曉茉だけはその場で呆然と立ち尽くし、半空に漂う銀白と深紅の交錯する古龍を見上げていた。
彼女の耳には、現場の歓声も怒号も届かない。まるで魂は、あの忘れられない穏やかな日々に囚われたまま。
彼女の目に映る古龍は、あの竜人の少年でしかなく――彼の声が、今もなお心に蘇る。
「お前はきっと立ち上がって、自分より弱い誰かの前に立ちはだかるんだろ?」
メルゼナは茶目っ気たっぷりに、曉茉の頬をつねる。
「……で、結局泣くんだよな?ダメだよ、泣かせていいのは僕だけなんだから。」
どうしてそんなに確信してるの?
別に、泣くほどの時じゃないのに――
曉茉は目をぎゅっと瞬きし、歯を食いしばり、傍らに落ちていた狩猟笛を再び手に取る。
かつて過ごした数少ない時間と同じように、彼女はメルゼナの攻撃に合わせて、ガイアデルムとの決戦に参戦した。
メルゼナの出現は、戦局を大きく覆した。
二体の古龍が拮抗することで、ガイアデルムは噛生虫を自在に操れなくなり、自身の身体から剥がれ落ちた赤い結晶を吸収しようとしたものの、それが逆に口腔内で爆発を引き起こした!
ガイアデルムは紅光の翼で再び岩壁を這い上がろうとしたが、何かを仕掛ける前に、メルゼナの一撃によって再び地底へ蹴り落とされる。
「曇り空はいつか晴れる!闇夜にも夜明けが来る!世界を永遠に覆う闇なんて、存在しない!」
王国騎士フィオリーネが声を上げ、士気を鼓舞する。彼女の号令の下、ハンターたちは一斉にガイアデルムに襲いかかり、その一瞬の隙すらも見逃さない。
曉茉も狩猟笛を振るい、旋律を何度も奏で続けた。やがて、疲労で動きが鈍り始めた頃、彼女は異変に気づく。
ガイアデルムが、もはや這い寄ってこない。爆風を巻き起こそうとするものの、力が足りず、空を仰ぎながら何度か痙攣した後、力なく崩れ落ちた。
まるで油が尽きた灯火のように、ガイアデルムの赤い結晶と、纏っていた異様な紅光、そしてその命までもが、静かに消えていった。
――討伐、成功……したのか?
誰もがガイアデルムの動かぬ姿を見つめ、疑念と安堵の狭間で固まる。
だがその刹那――
ガイアデルムの死骸から、一匹の噛生虫が、空へと飛び立った。
程なくして、さらに多くの噛生虫が出現した!
強大な宿主を失った寄生生物たちは、今や地底の人々を取り囲み、狂ったように次の宿主を探し始めた。
疲弊しきったハンターたちは、再び武器を手に取り、必死に応戦する。
再び悲劇が始まるかに思われたその時、突如すべての噛生虫が追撃を止め、飛び去っていった。
次々と信じられない光景が現れる中、曉茉を含む誰もがすぐには理解できず、ただその飛行の軌跡を見守るばかり。
噛生虫たちはまるで導かれるように、ふわりとメルゼナの元へ集まっていった。
かつて別の古龍に寄生していたはずの噛生虫の群れは、今や全てメルゼナの身体へと吸い寄せられていく――
やがてメルゼナは翼を広げ、雷のような速度で地底を飛び去った。
そして、曉茉の方を一度も振り返ることなく、視線すら交わすことなく――
彼は彼女を地底に残し、飛び去っていった。
「曉茉ーーー!追いかけてッ!」
止弦の叫びが、雷鳴のごとく響いた。
その声に曉茉は我に返り、ようやく理解した。
――メルゼナは、何か愚かなことをしようとしている!
彼女はすぐに口笛を吹き、キャラメルが駆け寄ってくる。
曉茉はその背に飛び乗ると、迷いなく駆け出した。止弦、汰華、瑞雷の三人もまた、何の躊躇もなく妹に続き共に駆け出す。
「曉茉、これを――!」
人ごみを抜けようとしたその瞬間、バハリが彼女に向かって叫び、何かを投げた。
慌てて受け取り、近くで確認すると、それは金色の液体が入った試験瓶だった。
「これが最後の一本だ!他のは拠点が崩れたときに全部割れちまった!」
――この場を離れられないバハリが、それでも託した、貴重な古龍実験の成果。
「量は調整済みだが、効果は未検証!幸運を祈る!」
曉茉は走りながら敬礼し、キャラメルと翔蟲の助けを借りて、瓦礫を越え、地上へと戻っていった。
焦りに駆られ、周囲を見渡すが、メルゼナの姿はどこにもない。周囲に漂う血の匂いが強すぎて、微かな痕跡すら探れない。
キャラメルも懸命に嗅いだが、何の手がかりも得られなかった。
「いない……空にも、林にも……早すぎるよ……」
「ちくしょう!人間とガルクじゃ、古龍には追いつけない!」
汰華と瑞雷は、静まり返った城塞高地を見つめながら苛立ちを隠せず、その姿も行方も掴めぬまま、途方に暮れていた。
「……違う、あれを見て!」
曉茉が指差した先には、元々この地に住んでいた小型モンスターや環境生物たちが、まるで大脱走のように、彼らの方へと押し寄せてくる!
キャラメルは体格差のあるメルクーを避けつつ、足元を駆け抜けるクグツチグモを踏まないよう注意しながら、その場でぐるぐる回るほど混乱していた。
――城塞高地をこのような混乱に陥れる存在など、答えは一つ。
ハンターたちは、モンスターたちの波をかき分けながら進み、やがて、ある広場のような場所へと辿り着く。
そこには、無数の血のような赤を放つ噛生虫たち――
その数は千を超え、広場全体を覆い尽くしていた。
曉茉の視線は、空を埋め尽くすようなそれらの虫を越えて、ようやく彼の姿を見つけた。
――メルゼナ。
さっきまでのガイアデルムを叩き伏せた勇猛さは見る影もなく、彼はわずかに盛り上がった石畳の上に横たわり、今にも息絶えそうな様子だった。
三年前の別れより、さらにやつれたその姿。
――噛生虫による寄生の影響が、じわじわと彼を蝕んでいたのだろう。
ガイアデルムは、その衰えた状態を察知して這い出てきたに違いない。
今、ガイアデルムは討伐され、この地に残されているのは、半ば命を失いかけたメルゼナのみ。
狡猾な噛生虫たちは、もはや忠実な従者を装うことなく、貪欲にメルゼナに取り憑き、その力を貪り喰らっていた。
かつて、空を裂いたその古龍は、今やただの“肉塊”のように、虫たちに食い荒らされていた。
その時、メルゼナがふいに目を開けた。
何かを感じ取ったのだろう。
彼は苦悶に耐えながら身体を起こし、翼を広げて噛生虫を振り払おうとした。
だが――もう、力は残っていなかった。
むしろ噛生虫の群れは、彼を逆に支配し始めた。
曉茉の姿が龍の瞳に映っても、そこに、もはや彼の情熱は宿っていなかった。
「――グォオオオォ!」
メルゼナは、命懸けで駆けつけたハンターたちに向け、威嚇の咆哮を放つ!
その叫びに応じるかのように、噛生虫たちは大群となって空中で編成し、一斉に地上へと突撃してきた――!
真紅の嵐が空を覆い、牙と羽が乱舞する。
逃げ場などどこにもない――
そう思われたその瞬間、曉茉の目の前に、ひときわ大きな影が立ち塞がった――
瑞雷はその身ひとつで仲間たちの前に立ち塞がり、鉄蟲糸を地面に撃ち込み、盾をしっかりと構えた。
「たかがクソ虫ども、いくら数がいようと虫は虫だろうが!」
噛生虫が盾に激突した瞬間、チャアクの機構が起動し、瑞雷はその武器を大きく振り回して襲いかかる虫たちをなぎ払い、無理やり活路を切り開いた!
他の三人は言葉を交わすことなく、その突破口へと走り込む――
だが、まだ数歩しか進んでいないうちに、メルゼナが発狂したように彼らを攻撃し始めた!
噛生虫の支配により、メルゼナの全身は妖しい黒紅の光に包まれ、三人の頭上に瞬間移動すると、翼を広げ、地面へと黒紅のエネルギー弾を叩きつけた!
爆発が四方八方へと拡がり、ハンターたちは散り散りに分断され、戦場は混沌に包まれる。
だが、信頼し合う仲間は、たとえ視界に入らなくても、互いに互いのために動ける――それが真の連携。
止弦は跳ねるように後方へと回避し、片膝をついた瞬間には、すでに鉄蟲糸を巻いた矢を番えていた。
弓を引き、放つ――その動きはまさに一瞬の流れ。
矢は風を裂き、砂塵を貫き、虫群や赤黒い衝撃波をすり抜け、メルゼナの後脚に突き刺さる!
その一撃で、メルゼナの動きがほんの半秒止まった――
そのわずかな隙に、ひと筋の光を放つ鉄蟲糸が、彼の喙に絡みつく。
汰華はその糸を両手で掴み、引き寄せられる勢いを利用して砂塵の中から飛び出す。
そのままメルゼナの頭部に飛び蹴りを叩き込み、仇敵の注意を自分へと引きつけた!
だが、即座に血色の翼が鎌のように汰華へと振り下ろされる――
「曉茉!!」
灰色の砂塵、黒紅に染まる残光、そして空を覆う血飛沫の如き噛生虫たち――
この混沌の只中で、ひとつの小さな影が、いつの間にか翔蟲を投げ、戦場の頂点へと舞い上がっていた。
「一人で抱え込まないでよ、このバカぁーーー!」
あの日、彼らは「もっと強くなる」と約束した。
それはまさに今、この瞬間のためだった。
――誰か一人に、全ての痛みを背負わせないために。
曉茉は薬瓶を投げ、それを狩猟笛で打ち砕いた。
金色の薬液は旋律と共に広がり、全戦場へと癒しの力を届けていく。
曉茉は再び翔蟲を投げて地上に戻ろうとするが――
翔蟲はすでに力尽きていた。
空中に掴めるものは何もなく、身体は強烈な遠心力に晒され、心まで引き裂かれるような感覚に襲われる。
曉茉は反射的に目を閉じた。
あとは、ただただ、落ちるばかりだった――
薬の効果は――あったのだろうか?
もし成功していたのなら、みんなが無事でさえいれば、自分が墜落して死んでも悔いはない。
……でも、もし失敗していたら……
もし黄泉の国があるのなら、そこで皆に謝るしかない――
思ったよりも早く、彼女は着地した。
だが、痛みもなく、固い地面に叩きつけられた感覚もなかった。
まるで帆布のようなものに包まれ、全ての衝撃を柔らかく吸収されたようだった。
曉茉はおそるおそる目を開ける。
最初に映った光景は――
空に舞う無数の噛生虫たちが、まるで桃色の花びらのようにひらひらと散り、やがて風に溶けて灰になっていく姿だった。
彼女は身を起こすと、自分が淡い青色の翼膜の上に横たわっていたことに気づく。
顔を横に向けると、穏やかで静かな龍の瞳と目が合った。
間一髪のところで、メルゼナは噛生虫の操りから解放され、意識を取り戻し、翼を広げて曉茉を受け止めていたのだ。
だが、その事実よりも曉茉が驚いたのは、別のことだった。
――銀と青、それこそがメルゼナの本来の色だったのか。
ああ、ということは、薬が……完成していた、ということ?
彼の身体に付着していた紅い結晶がすべて砕け、成体も幼体も含めた噛生虫たちがことごとく動きを止め、塵となって消えていく。
ようやく事態を理解した曉茉が、喜びを浮かべかけたその瞬間――
再び、強烈な遠心力が彼女の身体を襲った!
メルゼナは長く飛んではいられなかった。
力尽きたかのように、その巨体はまっすぐに落下していく。
だが、着地する寸前、彼は最後の力を振り絞って身を捻り、曉茉を庇うように自らが地面を受け止めた。
その瞬間、曉茉は無意識のうちに彼の頭部へと駆け寄り、持ちうる全ての回復薬を取り出して口元に流し込んだ。
だが――何の反応もない。
彼女の頭は目まぐるしく働いた。
これまでの調査経験から助かる方法を探そうとするも、何も浮かばない。
噛生虫に寄生されたモンスターたち――
末期の個体は、誰一人として助からなかった。
焼け焦げた死骸たちの姿が、今目の前に横たわるメルゼナと重なって見える。
「お願い……死なないで……今、何とかするから……」
彼にその声が届いているのかはわからない。
メルゼナの呼吸は、徐々に浅く、弱々しくなり、開いた瞳も、時に澄み、時に霞み、意識の狭間を漂っていた。
長い戦いを経て、曉茉の身体もまた限界を迎えていた。
立つことすら困難で、手足が震えている。
それでも彼女は意地で狩猟笛を握りしめ、何度も何度も回復の旋律を奏で続けた。
止弦、汰華、瑞雷――彼らの傷は曉茉の笛でとっくに癒えていた。普段なら元気になった途端に騒ぎ出す三人が、今はただ沈痛な面持ちで、笛を振り続ける彼女を見守っている。
「もういい……もう十分だよ。俺たち、全力は尽くした……」
止弦は見かねて曉茉の肩に手をかけようとしたが――
彼女はそれを力強く振り払った。
なおも笛を持ち直し、再び奏でようとしたその時――
バキッという音と共に、狩猟笛が真っ二つに折れた。
曉茉の心も、笛と共に砕けた。
彼女はその場に崩れ落ち、ただ呆然と、メルゼナの命がゆっくりと、確実に、消えていく様を見つめるしかなかった。
……自分には、何もできない。
「……提督……」
不意に汰華の声が響いた。
曉茉が顔を上げると――
いつの間にか、エルガドの騎士団と調査団が駆けつけていた。
「タドリさん……バハリさん!」
最後の希望にすがるように、曉茉は膝をつき、嗚咽混じりにすべてを訴えた。
「メルゼナを……助けてください……!回復薬も、秘薬も、笛の旋律も、全部だめで……!」
バハリとタドリは無言で目を見交わす。言葉はなかったが、その表情だけで伝わってきた。
――彼らでさえも、この異常な傀異化に対しては、何も打つ手がないのだ。
曉茉は言葉を失った。
自分の知りうる全ての方法を試した。
そして、どの道も、すべて行き止まりだった。
タドリやバハリですら無理なら――
それはもう、本当に「どうしようもないこと」なのだろう。
せっかく、また会えたのに。
せっかく、奇跡のような再会を果たしたのに。
あんなに必死に、あんなに努力してきたのに。
――なぜ、こんな結末しか残されていないの?
「――まだ、諦めるには早い。」
優しくも力強い声が響き、人混みをかき分けて雑貨屋のオボロが姿を現した。
意外な人物の登場に、その場のハンターたちも次々と驚きの表情を浮かべる。
「モンスター……特に古龍という存在は、もともと非常に強く、力に満ちた生き物です。だからこそ、大地を支配する王となり得たんです。」
焦るような口調で、しかしできる限り言葉を選びながら、オボロは語り続ける。
「そして我々竜人族が長命なのも……ひょっとすると、モンスターの力を自身の命へと変換する術が、どこかにあるからかもしれません――」
一つひとつ、丁寧に言葉を紡ぎながら、オボロは曉茉の足元に、小さな小道をそっと築いていく。
それは、少女の心を導く細く儚い光の道――
潤いを失っていたはずの緑の瞳が、その「最後の、唯一の希望」を見出し、再び輝きはじめる。
たとえ瀕死の状態であっても、メルゼナはハンターとは比べものにならないほど強い存在だ。
その力を、命へと変える方法――
あの、「龍を人の姿に変える術」――
曉茉は、今にも命が尽きそうなメルゼナのもとへと歩み寄る。
そっとその大きな口元に手を添え、静かに顔を近づけていく。
――人間の少女が、ひとつの祈りを込めて、キスを捧げる。
まぶたを閉じた瞬間、止まっていたはずの涙が、真珠の首飾りの糸が切れたようにぽろぽろと零れ落ちていく。
どうか、奇跡よ、もう一度――
そう願って、そう信じて、彼女は瞳を開けようとしなかった。
もしも、そこに自分の願った景色がなかったら。
その現実を知るのが、怖かった。
だから彼女は、ひたすらキスを続けた。
まるで最初の、あの思いがけない口づけに戻ることができるかのように。
再会を永遠に、最も美しい瞬間のまま閉じ込めたくて――
だが、突然――
誰かの手がそっと彼女の後頭部に添えられ、そのキスはさらに深くなった。
本来ならば恥ずかしくも甘い行為の中に、あまりに大胆なその動作に、曉茉は驚いて思わず目を見開いた。
そしてそこに映ったのは、見慣れた、愛おしい、あの瞳――
再会を夢見続けた、悪戯っぽく細められた「赤い瞳」だった。
メルゼナは曉茉の頬を包み込み、ひとつひとつ、やさしく涙を拭っていく。
「やっぱり……泣き虫のままだな。」
――奇跡は、もう一度、訪れた。
その巨大な古龍の姿は、再び竜人の少年へと姿を変え、満身創痍ながらも、意識を取り戻し、そして、最愛の少女に冗談を飛ばす余裕すらあった。
メルゼナは力なく笑った。それが余計に曉茉を安心させた。
そして曉茉は――さらに大泣きした。
この三年、ずっと考えてきた。
再会したら伝えたいことが、山ほどあった。
でも、いざその瞬間を迎えたら――何も言葉はいらなかった。
泣き虫でいい。だって、ほんとうに、泣き虫なんだもの。
彼女はメルゼナの胸に飛び込む。
彼の「痛い痛い」と弱々しい声にも構わず、ぎゅっと、強く、強く抱きしめて――
今までこらえてきた涙を、一気に放った。
その姿に、周囲の者たちも思わず笑いながら涙をぬぐうしかなかった。
透き通るような紫の夕暮れが青に溶け、きらめく星々が薄れていくなか、ようやく、長く続いた夜が明けていく。
あたたかな太陽の光が、荒れ果てたこの城塞高地に、静かに射し込んだ。
幾多の試練を乗り越え――
竜人の少年と、獵人の少女は、夜明けの中で抱き合った。
(番外編・完)