第16話『燃ゆる前線へ』4
「こっちは王都からの補給部隊だ。……いったい、どうなってるんだ?」
馬車を引いてきた兵士たちが、困惑した表情で詰め寄ってくる。
その視線はリリアナ隊の誰か――いや、“リリアナ”に向けられていた。
民間人はすでに三百人近くまで増えている。
砦の中には泣き声と叫び声、逃げ遅れた者たちの混乱が満ちていた。
兵士が説明を求めてくる。誰かが答えようとしていた。
だがリリアナの耳には、その言葉が届かなかった。
彼女の視線は、砦の中に向いたまま――全く動かない。
この状況をどうする?
物資は? 民間人は? 補給部隊の兵士たちは?
責任。判断。結果。
一つの言葉が重く心にのしかかっていく。
「――っ」
指が震えそうになる。
その時だった。
「……おい、悩んでるのか?」
近くにいたロークが、ふっと口元を緩めながら声をかけた。
「お前はもう、ヴォルフと同格の“隊長”なんだぜ?」
「……え?」
リリアナは一瞬だけロークを見た。
「ヴォルフだったら――どうする? 今みたいな時」
その問いに、リリアナは再び前を向いた。
――ヴォルフなら、どうする。
きっと、誰よりも早く動いて、先頭に立って――
自信満々に「俺についてこい」と言って、全員を納得させる。
……そんなこと、自分にできるのか。
思考を巡らせる。
灰の砦はこの人数を迎えられない。
この場にいる全員が明日を迎えなきゃいけない。
「……やってみる」
リリアナは小さく息を吐いた。
「ここまでの道は、安全でしたか?」
王都兵の一人に訪ねる。
「……ああ。途中に敵影はなかった。砦が燃えてるのを見て急いだだけだ」
その一言が、リリアナの背中を押した。
「中央軍も、王都の方も、補給物資――全部、ここで下ろして」
「王都の兵士たちに、避難してきた民間人を預ける。王都まで全員連れてって。中央軍の補給部隊も協力して」
「えっ……でも、それって……!」
ミレイアが驚きの声を上げる。
「まだ砦の状況がわからない中で、勝手に避難誘導なんて――」
王都の兵士も戸惑いの表情を浮かべる。
だがリリアナは、ふっと笑ってみせた。
「――大丈夫。全部の責任は、中央軍のハウゼン将軍が取るから」
一瞬の静寂のあと――ぷっと吹き出す声があちこちから漏れる。
「……ついにリリアナまで」「たしかにヴォルフならそうする」「ハウゼン将軍……」「王都から呼び出しくらうかも」
「荷台に乗せられる人はできるだけ乗せて」
「それ以外の人も、隊列を組んで王都まで連れて帰って」
場の空気が柔らかくなったそのとき――
「セリス」
ラシエルがすっと歩み寄る。手には布に包まれた何か。
「これ、休暇中にミレイアと作ったの」
「あなたの魔力の“ぶっぱ”を、ちょっと抑える仕様になってるわ」
「威力は落ちるけど、通常戦闘には十分なはず。……どうしてもって時は外してもいいけど、どうせまた怪我するんでしょう?」
自慢気な表情のまま、ラシエルは手袋を差し出す。
淡い青と白の糸が織り込まれた、魔力抑制の施された特製の革手袋だった。
威力が強すぎて、技を使う度に自身の細胞を傷付けていたセリスにとっては、"普通"に戦えること意味していた。
セリスは何も言わず、それを受け取る。
手袋をはめ、ぎゅっと拳を握り込む。
じっと手を見つめ――ほんの少し、口の端が緩んだ。
「………………」
「にやけた」
ルネがぼそりと呟く。
クラウスが少しだけ目を丸くし、ミレイアがふっと笑う。
リリアナも笑みを浮かべ、剣に手を添える。
「行こう。……中を確かめる」
その声に、全員が頷いた。
そしてリリアナ隊は、砦の南門へと踏み込んでいった。




