第16話『燃ゆる前線へ』3
まだ遠いはずの砦の方向。風に乗って、微かに立ちのぼる煙が見えた。
「砦、燃えてる……?」
マリアの声が震える。
リリアナはすぐに手を上げた。
「前進停止!全員、戦闘態勢!」
馬車が次々と止まり、兵たちがざわつく。
ノアが斥候のように前へ出て、丘の上から地形を確認。
戻ってきた彼女は短く言った。
「砦の南門は開いてる。でも門番がいない。中も……妙に静かすぎる」
「攻め込まれてる?」
ミレイアが唇を噛む。
「この状況で無反応なら、あり得るわ」
リリアナは即座に指示を出す。
「ミレイア、物資隊を後ろに下げて警戒。
ノア、先導して。ロークとクラウスは前衛。
ラシエルとルネは支援に回って。ティオは高所を確保して」
「セリスは後方待機、マリアは治療班の準備」
セリスは一瞬リリアナを見たが、無言でうなずいた。
隊列を整えて南門へ進む。
開け放たれた門の内側――そこにいたのは、予想もしなかった人々だった。
「……民間人……?」
門のすぐ前に、座り込むようにして身を寄せ合う集団がいた。
ざっと見て、四十人近い男女。年齢も服装もばらばらで、荷物を持っている者はほとんどいない。
混乱と不安に満ちたその様子に、クラウスが駆け寄る。
「どうしたんです? 怪我人は――」
中年の男が顔を上げ、焦ったように早口で語る。
「北門から……敵が攻めてきて! 兵士は全員、北門へ行ったんです!」
「民間人は、南門から逃げろって……言われたんだけど……」
「逃げろって言われて、出たのはいいけど……どこに逃げりゃいいんだ……」
さらに、門の奥――砦の中から、新たな人影が現れる。
それは家族連れや若者たち、老人たちだった。
傷を負っている者もいれば、必死に荷物を抱えて走る者もいる。
「……次々出てきてる……」
ノアが目を細めて呟いた。
門の前の広場は、あっという間に人で埋まりはじめる。
ティオは何も言わず、泣いている子どもに布を差し出す。
「このままじゃ混乱が広がる。リリアナ、小隊長……」
ミレイアがそっと声をかけたその時――
砂煙を上げて、さらに別の部隊がやってきた。
「おい、そこの部隊! そちらの者か?」
馬車を連れた一団。王都の紋章を掲げた兵士たち。
「俺たちは王宮からの補給部隊だが……何が起きてる?」
突然の混乱、あふれかえる民間人、閉ざされた情報。
状況があまりに不透明なまま、判断を迫られる空気が辺りに満ちていく。
その中心で、リリアナは静かに沈黙していた。
どうするべきか――
その答えを探すように、砦の中を見つめている。




