第9話『紅炎の序曲』5
「……どうして、こんなことに……」
リリアナは、薄暗い空間を見渡していた。
隅にうずくまっていた少年が、びくりと体を震わせる。
「もう……いないよね……? あの、怖い人たち……」
「いない。私たちが来たから、もう大丈夫」
リリアナが膝をつき、目線を合わせて語りかける。
ミレイアとマリアは負傷者の応急処置を始めていた。
マリアは震えながらも、手を休めない。
「ひどい……誰がこんなこと……」
「食料も水も……ほとんど与えられてなかったようね」
ミレイアが顔をしかめる。
その時、一人の中年の女性がそっと手を上げた。
「……私から話します」
「お願いできる?」
ノアが女性を覗き込む。
女性は小さく頷いた。
「最初は、本当に困ってる人たちに見えたんです。家族で逃げてきたって……子供も連れていて……
だから、村長が“数日だけなら”って……泊めることになって……」
ロークが静かに拳を握った。
「次の日、村に駐留していたアルテシア兵が、ひとり、いなくなったんです。
でも“帰ったんじゃないか”とか、“別の任務かも”って……私たち、疑おうともしなかった」
「まさか、そいつらが……」
ノアが低く呟く。
「はい……でも、気づいた時にはもう、外からも兵が来てて……村は、包囲されてました」
「善意に刃。卑劣な手口だ」
セリスが呟き、空気が凍った。
この状況を作った人物は、戦えない人たちの善意さえも利用する。
そういう思考の持ち主が相手なんだと誰もが悟った。
「戦闘は……?」
ミレイアが尋ねる。
「ありませんでした。兵の人数は20人くらいに見えました。すごく手際がよくて反抗する暇もなく、抵抗しようとした人はすぐに……
あっという間に制圧されて……働けそうな若い人たちは、2日前から少しずつ連れて行かれました」
「どこへ?」
リリアナの問いに、女性は首を振った。
「わかりません……。一度村人全員ここに閉じ込められて、そこから時間を置いて少しずつ連れていかれました。どっちに連れて行かれたのか、誰も……
最後に連れていかれたのは今朝です」
沈黙が落ちた。
ロークが目を細める。
「ってことは、連れて行かれてからそこまで遠くには行ってない奴らもいるってことか。
後から出た偵察兵たちは捕まったと見た方がいいな」
「その可能性は高いわね」
ミレイアが冷静に分析する。
リリアナは立ち上がり、皆を見渡す。
「行く。今すぐ追う」
「ちょっと待って」
ミレイアが静かに口を開いた。
「この人たちは? まだ動ける状態じゃない人もいるわ」
「わかってる。でも――」
リリアナの声が少し震えた。
「見捨てたくない。連れていかれた人たちも、ここに残ってる人たちも、みんな――
ここで誰かが決めないと……誰も動かない」
一瞬、静寂が流れた。
だが、すぐにロークが口を開いた。
「なら、俺は行く。どうせ誰かが引っ張ってくれねぇと、動きにくい連中ばっかだしな」
「行く」
セリスが呟いた。
「……それなら私も行った方が追跡は捗りそうだね」
ノアが装備の確認をしながら言った。
「じゃあ決まりね」
ミレイアが息を吐く。
「マリアと私で、村人の手当てと避難を担当する。ノア、痕跡は追える?」
「足跡、探してみる。土は柔らかいし、朝に出たばかりなら……まだ間に合うかも」
リリアナは深く息を吸って、村人たちに振り返った。
「必ず、村の人を連れて戻ります。少しだけ待っててください」
そして彼女は剣を握り直した。
「行こう。……今なら、間に合うかもしれない」




