第7話『灰の砦の静寂』5
「――次に、伝令からの報告だ」
ヴォルフが、作戦机の脇に控えていた伝令兵を手で促すと、若い兵士が一歩前に出た。まだ息が荒く、鎧には泥が付いている。
「灰の砦の北東、旧街道沿いにある村“ミルヴァン”からの援軍要請です。
昨日の午後に、援軍を求める狼煙が確認されましたが……その後、通信が完全に途絶えました」
「……狼煙の意味は?」
ミレイアが尋ねると、伝令は小さく息を整え、答えた。
「“敵襲の可能性”です。村を包囲された可能性があります。
通常であれば、補給部隊か偵察を派遣するところですが――」
「灰の砦奪還直後の今、兵を割けないってわけだな」
ガレンが代わって呟く。
ヴォルフはうなずき、言葉を継いだ。
「現時点では、通信班を2名、偵察兵を3名派遣済みだ。……が、現地の状況確認にはまだ至っていない。
そこで――」
彼は地図の上、ミルヴァン村の位置に木の駒を置いた。
「この先、3日以内に現地からの報告がない場合、調査部隊を直接村へ送る。
その任に、リリアナ、お前たちを含む小隊を編成する予定だ」
「……了解です」
リリアナは即答した。
だがその瞬間、周囲の空気が微かに変わる。
「3日ってことは、待機期間があるってことだな?」
ガレンが口の端を上げて、リリアナを見た。
「……え?」
「さて。炎のちびっこは、前の訓練の成果、見せてくれるんだよなぁ?」
「ちょ、まって、それは――」
ミレイアが、横から静かに告げた。
「ふふ、ちょうどいいわ。次の任務までの間、空いた時間を無駄にせず“鍛えておきましょう”」
その視線の先、ミレイアが既に魔力を纏いながら、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。
リリアナは直感的に悟る――
あの笑っていない目は、“訓練”ではない。処刑に近い何かだと。
ヴォルフがニヤリと笑った。
「それでこそ“炎の新兵”だ。せいぜいこの砦で、足腰と精神鍛えておけ」
「……鬼しかいねぇ……」
リリアナが肩を落としたその背中に、仲間たちの笑い声が重なる。
「というわけで――第8話『鬼の訓練、再び』、始まるわよ」
「ちょっ、待っ……!」
リリアナの叫びは風に掻き消され、再び地獄の訓練が始まるのだった――。




