第7話『灰の砦の静寂』4
砦の作戦室に集められたのは、ミレイア、ガレン、ハルド、そしてリリアナと一部の兵達。
中央の長机には、戦場一帯を描いた地図が広げられており、すでに他の部隊の将校たち数名が配置に目を通していた。
「……静かに。会議を始める」
ヴォルフの低く響く声で、部屋が静まる。
「まずは、灰の砦の奪還――本当にご苦労だった。
損耗は最小限、剣を交えずに砦を落としたことは、戦史に残る戦果といえる」
少し空気が和む。リリアナは安堵の吐息を漏らしそうになったが、ヴォルフはすぐに声を強めた。
「……だがここで気を抜くな。この砦は“取ること”より、“活かすこと”の方が遥かに難しい」
彼は指で地図の中心を示した。
「ここ、“灰の砦”は元々アルテシア王国の防衛拠点だった。だが、四年前にグランツェルに奪われてからというもの――」
指がすっと東へ滑る。
「この砦を拠点に、奴らは補給を回し、部隊を展開し、戦線を押し上げてきた。
俺たちアルテシアは“押されっぱなし”だったんだ」
リリアナの表情が強張る。
「砦を失ったことで補給は滞り、道は寸断され、最前線の兵は常に飢えと疲労に追われた。
反撃どころか、“戦える状態を維持する”だけで必死だったんだ」
ヴォルフの語気は重く、部屋の空気も一段と引き締まる。
「だが、今日――ようやく、俺たちはこの砦を取り戻した。
ようやく、“前に進む足場”ができたんだ」
ミレイアが地図に歩み寄ると、指で三箇所をなぞりながら口を開いた。
「リリアナ。そろそろあなたにもこの戦争が“どうなれば勝ち”で、“どうなれば負け”になるのか――ちゃんと教えておくわ」
リリアナは真剣な眼差しで頷いた。
「アルテシアがこの戦争に“勝つ”ためには、大きく三つの柱が必要なの」
一つ目――指が王都「セリュアール」に触れる。
「一、王都の防衛。王が討たれ、政治が崩壊すれば、その瞬間に降伏は避けられない」
二つ目――地図上の民間地域をなぞる。
「二、国民の支持。どれだけ戦果を挙げても、国民が『もう無理だ』と叫べば、国は膝をつく」
三つ目――そのまま、彼女の指は“灰の砦”に戻る。
「三、補給と兵站。この砦を奪われていた間、私たちはずっと補給線を遠回りさせられ、前線はいつも苦しかった。
でも、これを取り返した今――ようやく“三本目の足”が戻ってきたのよ」
リリアナは唇を引き結び、静かに問う。
「……じゃあ、これをまた奪われたら?」
ミレイアは即答した。
「終わりよ。前線は崩れ、王都は丸裸になる。今度こそ、本当に国が滅ぶわ」
ヴォルフが言葉を継いだ。
「この砦は“反攻の拠点”だ。俺たちはここを拠点に、敵の支配地域を切り崩していく。
最終的には――」
彼は地図の右端、敵国グランツェルの王都「ガルゾネア」に手を置いた。
「ここを落とす。敵王を退位させて、講和を成立させる。そこまでいって、ようやく戦争は終わる」
リリアナの目が大きく見開かれた。
「……王都を……」
「簡単じゃねぇ。だが、ここからがスタートだ」
ガレンが低く呟いた。
「この砦は、戦争を“終わらせるための一歩目”。
ここを守り抜いて、次の作戦につなげる。それが今の俺たちの仕事だ」




