第6話『戦術と知略』 3
「……ねぇ、ミレイア」
しばらくの沈黙のあと、リリアナは小さく口を開いた。
その声には、どこか怯えにも似た揺らぎがあった。
「私たちって……何のために、この戦争をしてるの?」
ミレイアは風に揺れる銀髪を片手で押さえ、少しだけ視線を遠くへ向けた。
「いい質問ね。……でも、答えは簡単じゃない」
「そっか……」
「でも、今のあなたには――少しだけ知っておいてほしいわ」
リリアナが顔を上げると、ミレイアの瞳はまっすぐに彼女を見ていた。
「この戦争はね。アルテシアが起こしたものじゃない」
「……え?」
「始まりは、グランツェルよ。彼らが攻めてきた」
「どうして……?」
「資源よ。正確には、〈黒曜の鉱脈〉」
ミレイアは地図の端、南部にある山岳地帯を指差す。
「王国の南、フィリア山地に眠る特殊鉱石。それを巡って、何年も前から外交は冷えていた。けれど、最後は――剣が交わされた」
「それで……こんなにも人が死んでるの?」
リリアナの声には、怒りも悲しみも入り混じっていた。
「彼らは“覇権”を欲した。私たちは“故郷”を守るために剣を取った」
ミレイアの言葉は、静かだった。だが、その静けさの中に揺るがない芯があった。
「ただね。覚えておいてほしいの。戦争には“表”と“裏”がある。国のため、資源のため――それは建前で、実際にはもっと複雑な欲や恐怖が絡んでる」
リリアナは黙って頷いた。
「だけど、あなたは迷っていい。疑っていい。……それでも戦場に立つなら、その剣が“何のためのものか”を、いつかちゃんと自分で見つけて」
「……うん」
リリアナはゆっくりと立ち上がった。
その目には、まだ確信の光はなかったが――
それでも、今までよりは、少しだけ遠くを見つめていた。
「ありがとう、ミレイア。少しだけ……わかった気がする」
「ええ。少しずつでいい。焦らないで。あなたはまだ、始まったばかりなんだから」
風がまた、二人の間を通り抜けた。
それは戦場の風ではなく、何か新しい始まりを告げるような、清らかな風だった。




