第6話『戦術と知略』 1
「……押し切ったわね」
ミレイアは斜面の中腹で立ち止まり、眼下に広がる戦場を見下ろしていた。
風の残響がまだ耳に残っている。
彼女の隣で、ハルドが肩で息をしている。
「なんとか頂上まで取れたな。あんだけ押し込んだんだ、下も散り散りだろ」
「油断しないで」
ミレイアは視線を鋭くする。
「ここは"次"への、ただの布石」
「あぁ。これが準備運動ってのは、ちょっとハードだな」
二人のやりとりをよそに、頂上では歓声が上がっていた。
「ガレン、損害報告まとめろ!」
「斥候! 西側の尾根に敵影がないか確認を――!」
ヴォルフの怒号が飛び交い、兵士たちは忙しなく動いている。
その中心で、剣を地面に突き立てたまま膝をついていたのが――リリアナだった。
「はぁ……はぁ……」
戦闘の熱が冷め、痛みと疲労が押し寄せてくる。
だが、彼女の目はまだ戦いを捉えていた。
(……まだ終わりじゃない)
頂上を取ったとはいえ、戦局が完全に傾いたわけではない。
この丘を取り、次にどう動くか――それは、リリアナにはまだ聞かされていなかった。
「おーい、リリアナ」
ガレンが駆け寄ってきた。
手には水袋と、軽く焼かれた干し肉のようなもの。
「とりあえず口に入れとけ。食わねぇと動けなくなる」
「……ありがと」
リリアナは水を受け取り、少しだけ口をつける。
喉が焼けるように乾いていた。
「けどよ、あの斜面……お前んとこ敵の数けっこういただろ。よく頂上まで走れたな」
ガレンが腰を下ろしながら言った。
「ミレイアの風と、ハルドの雷が道を作ってくれたから。他の仲間も助けてくれた。
私たちは……ただ走っただけ」
「ただ、って……あんな斜面を、剣振りながら駆け上がって“ただ”かよ」
ガレンは呆れたように笑い、それから少し真顔になる。
「でもまあ、こっからが本番だな」
「うん。今までは……入口をこじ開けただけ」
リリアナは立ち上がり、剣を鞘に戻した。
「ねぇ、ミレイアは? あとで相談したいことがあるの」
「ならすぐそこにいるぞ。あいつ、斜面の真ん中で風の流れ読んでた」
「ふふ……相変わらず、冷静な人だね」
リリアナは小さく笑い、足を引きずるようにして斜面を降り始めた。




