最終話『二つの王と、一つの未来』パート3:紅蓮姫の想い
「――少しだけ、私からも話をさせていただけますか」
静かな、けれど通る声だった。
重く沈んだ謁見の間の空気を、わずかに切り裂くように、リリアナは一歩を踏み出した。
アグナスが玉座へ座り直したのを合図に、リリアナは話し始めた。
「私は、中央軍第三部隊の部隊長、リリアナ・アーデルです。……王都に召された理由は、多くの兵とともに、グランツェルとの戦争の最前線で戦っていたからです」
リリアナはゆっくりと、誰かを諭すように、しかし目の奥は強く、まっすぐに言葉を続けた。
「戦場には、正義も誇りも、綺麗な勝利もありませんでした。そこにあったのは、ただ……命が失われていく音でした」
誰かが息を呑む音がした。
「グランツェルの兵も、アルテシアの兵も、それぞれの命を賭けて戦い、同じように倒れていきました。敵と味方という言葉では、割り切れない感情も……何度も何度も、飲み込んできました」
「勝った、負けたと誰かが言います。でも、本当に“勝った”者なんて、あの場所には誰もいなかったんです」
リリアナの声は少しだけ震えていた。
それでも、彼女は止まらなかった。
「そして……民たちは、もっと酷かった」
「あの戦場にいた民間人たちは、戦争の理由さえ知らず、ただ突然、生活を壊されました。家も、家族も、生きる日常も……全部、炎に焼かれていった」
視線を落とし、リリアナは深く息を吐いた。
「“勝った”側の私たちですら、失ったものは数えきれません」
しばしの沈黙の後、顔を上げる。
その瞳は、今度はアグナス王をまっすぐに射抜いていた。
「……私たちは勝ちました。でも、その勝利は“正しかった”と言えるでしょうか?」
「私は、兵たちの苦しみを知っています。仲間を喪った叫びを、声を、涙を、幾度も見てきました」
「どこを探しても家族が見つからず、帰る場所さえも奪われて、"偉い人"が勝手に決めた戦争で人生を壊された人もいます。……それでも、“勝った”から、このまま進んでいいのでしょうか?」
リリアナの視線は、ユリクへと向く。
「ユリク王。あなたが治めることになるその国で、兵たちはずっと“恐怖”で従っていました。あの目の光は、命令ではなく“強制”に従う者のものでした」
彼女の声は、優しかった。
厳しくも、誰かを責めるものではなく、導くように穏やかだった。
「恐怖ではなく、誰かを想って動ける国。……それをあなたが目指すというのなら、私は――あなたを信じられると思います」
ユリクは小さく頷いた。
感情を飲み込みながら、必死に堪えるような表情で。
そして、再びリリアナはアグナス王へと視線を戻した。
「アグナス王。“生きたい”と叫ぶ声に、耳を傾けてください。命を守ることを、誇りとする国にしてください」
「力で制する国より、命を守れる国の方が、私は強いと思います。人は、生きて、手を取り合ってこそ未来を築けるはずです」
謁見の間が、静まり返っていた。
誰もが、少女の言葉に耳を奪われていた。
その最後に、リリアナはもう一度ユリクを見つめ、静かに言葉を結ぶ。
「どうか、この戦争の終わりを“敗戦”と呼ばないでください」
「戦争が終わった今を、“始まり”にしてください」
「戦いの先にある未来が、誰かの“生”に繋がっていると、私は――信じたいのです」
それは、長い戦いの中で生きてきた少女の、魂のすべてを込めた訴えだった。




