最終話『二つの王と、一つの未来』パート1:灰の砦への帰還
――夜明け前の空は、まだほんのりと青を帯びていた。
幾台もの馬車が、静かに灰の砦の門をくぐる。
その後方には、布を羽織った民間人たちの一団。
彼らは、グランツェル要塞の地下牢から救い出された者たちだった。
中には子供の姿もあり、互いに寄り添いながら、無言で砦の中へと進んでいく。
「……到着だ。急げ、怪我人を奥へ!」
「こっちに空き部屋ある! 案内する!」
アルテシア兵たちが駆け回り、民間人の搬送に動く。
砦の中庭には簡易ベッドや仮設の休息所がすでに整えられており、マリアをはじめとする医療班が次々と声をかけていた。
「この方、熱があるみたい! 寝かせて、タオルを!」
「はい! 毛布、こっちです!」
その中を、ゆっくりと進む一台の馬車。
薄手の毛布にくるまれた少女が、その揺れの中で微かに目を開けた。
「……灰の砦……」
小さな声で呟いたリリアナに、隣で付き添っていたミレイアが微笑む。
「ええ。無事に戻ってきたのよ」
リリアナは、痛む体をかばうように息をつきながら、砦の天井を見上げた。
どこか懐かしい匂いがする。
冷たい朝の空気。
仲間たちのざわめき。
――ああ、私たち、帰ってこれたんだ。
「……ミレイア。みんなは?」
「民間人も、兵も、全員無事よ。あなたのおかげで、誰も命を落とさなかったわ」
その言葉に、リリアナの目がわずかに潤んだ。
彼女は頷き、ぐっと唇を引き結ぶ。
「よかった……ほんとうに、よかった」
その後、ミレイアは司令室に呼ばれ、状況の整理が進められていた。
そこにいたのは、ハウゼン、ヴォルフ、そしてユリク。
地図を広げながら、今後の対応が話し合われていた。
「……王都への連絡は?」
ヴォルフが問うと、ハウゼンが深く頷いた。
「すでに伝令は走らせた。民間人の収容が不可能な数だ。王都の協力を仰がねばならん」
「それだけではないわ」
ミレイアが地図の端を指差す。
「グランツェルの王であるユリク陛下が、アルテシア王と直接話したいと申し出ているの。こちらとしても、和平の交渉が必要になるわ」
ユリクは一同を見渡す。
「……ぼくの言葉が、どこまで通じるかわからない。でも……グランツェルのこれからを、先代やカイル作ったものとは違う道にしたいんです」
その言葉に、ハウゼンが腕を組み、しばし黙したのちにうなずいた。
「……分かった。これから民間人を王都護送する。そのまま王宮へ選抜の代表で向かう。リリアナが動けるなら、彼女にも同行してもらいたい」
「リリアナが……?」
ヴォルフが少し驚いたように眉を上げると、ハウゼンは静かに目を細めた。
「あれだけの傷だ。だが、マリアたちが手際よく対応してくれたらしい。本人が望むなら、連れて行く」
「そうね……彼女なら、“現場の声”を届けてくれるわ」
ミレイアが力強く続けた。
ユリクも小さくうなずいた。
そのとき、扉の外から声が届く。
「リリアナ様、ご自身で歩いていらっしゃいます!」
全員の視線が扉に集まる。
そこに立っていたのは、傷ついた腕をかばいながらも、まっすぐに歩いてくるリリアナだった。
顔にはまだ疲労の色が残っていたが、瞳ははっきりと開いていた。
「私、行きます。話さなきゃいけないことがある。……アルテシアの兵として、戦争の当事者として」
その言葉に、ハウゼンは小さく笑った。
「……頼もしい限りだな。ならば――準備を急ごう」
それから数時間後。
砦の正門が、再び静かに開かれる。
王都に向かう馬車隊――民間人を乗せたもの、兵士たちの護衛隊、そして会談に向かう選抜メンバーを乗せた隊列が、朝の光の中へと進み出した。




