第46話『奪還と歓喜』パート3:再会
砦の広場。
担架と毛布が並べられ、地面には湯を沸かした鍋と、水袋が置かれている。
地下から救い出された民間人たちが、次々と地上に運び出されていた。
その数は膨大だったが、兵士たちは一人ひとりに声をかけ、支え、包むようにして導いていた。
「こちらに座って。すぐに水と食料を持ってきます!」
「この毛布、羽織って。あったかいの、少しだけど……」
第三部隊の面々に加え、協力を申し出たグランツェル兵たちも一緒に動いている。
キユたちヘルダス隊は、黙々と火を焚き、食器を並べていた。
ふと、ノアが焚き火越しに誰かの姿を見つける。
「……あの子……」
人混みの中、ふらりと走り出した小さな女の子が、ある女性のもとへと向かっていった。
「おかあさんっ!!」
振り返った女性が、その場に立ち尽くす。
少女の腕が飛びつき、女性の目が見開かれ、やがて――
「……ミア……? ミアぁっ……!」
地面にしゃがみ込んで、強く、強く抱きしめた。
「もう……会えないかと思った……っ、うぅ……!」
頬を寄せて泣き続ける二人に、誰もが言葉を失った。
それは、戦争の中で失われかけた、ささやかな奇跡だった。
その周囲でも、次々と再会が生まれていく。
父を見つけて走り出す少年。
目を潤ませた父親が、そっと抱きしめる。
「ごめんな……遅くなったな……」
「ずっと、待ってた……でも、生きててくれて、よかった……!」
その一言で、父親の肩が震えた。
大人も、子供も、兵士も、解放された民も、皆同じように、ただ命があったことを喜んでいた。
ロークが一人、焚き火のそばに腰を下ろす。
泥だらけの手で水筒を受け取ると、息をついた。
その隣に腰を下ろしたノアが呟く。
「……なんでこんなことになるんだろ」
ロークは水を一口飲んで、民間人たちが火を囲んで座る広場を見渡した。
「……さあな。誰が悪かったのかも、はっきりしねぇまま、こうなる」
ノアは隣で黙ってうなずく。
「殺された人も、閉じ込められてた人も、たぶん何もしてなかったよね。……ただ、そこにいただけで」
「そういうもんさ。戦争ってのは、“そこにいた”だけで罰を受けることがある。子供でも、老人でもな」
ロークの声には怒りがなかった。
ただ、何度も見てきた現実をなぞるような、静かな重みがあった。
「……守られなかった人もいるんだよね。誰にも」
「いるさ。俺たちが助けに行く前に死んだ人間もいた」
ロークは、肩にかかったほこりを払いながら続けた。
「助けに行こうとしただけで斬られた兵も見た。救えた命と、救えなかった命は、紙一重だ」
ノアが小さく息を呑んだ。
「そんなの、やってられないじゃん……!」
「やってられなくても、やるしかないんだよ」
ロークは静かに言った。
「“なんで”って問いに、答えが出ることはまずねぇ。戦争ってのは、いつもそうだ。理屈じゃない。偉い誰かが言った“正義”で、誰かの命が削られる」
しばらくの沈黙の後、ノアがぽつりと呟いた。
「……それでも、今日ここに生きてる人がいるなら」
「そうだ。無駄じゃねぇ」
ロークは立ち上がった。
「理不尽を消すことはできなくても、その中でひとつでも“正しい”ことができたなら、意味はある」
ノアが立ち上がり、同じく広場を見渡す。
火に照らされた人々の顔に、涙も笑みもあった。
悲しみも、希望も。
その全部が、生きている、そして、生きていた証だった。
その会話の向こう、焚き火の反対側で、グランツェルの青年がアルテシアの兵士に深く頭を下げていた。
「……敵だった俺たちを、助けてくれてありがとうございます。……本当に……」
「気にするなよ」
兵士は笑って言った。
「誰が敵で誰が味方かなんて、あんたらのせいじゃない。もちろん、俺らのせいでもない」
「……はい」
青年は顔を伏せたまま、続ける。
「砦で働かされてた時、何人ものアルテシアの人が目の前で倒れていった。手を出したら、罰を受けた……言い訳にしかならないけど、あの時、止められなかった……」
それを聞いたルネが歩み寄って、その肩に手を置く。
「そんなの止めれるわけないじゃん。それより、今からみんなで生きてくことの方が大事だろ」
「……ありがとう」
彼の目に、涙がにじんでいた。
だがそれは、敗北や罪悪感の涙ではなかった。
“人間”として扱われた者が、ようやく流せた涙だった。
ティオが運んでいた湯を配り終え、民間人の輪の中でそっと座る。
「だいじょうぶだよ、もう誰も連れてかれないから……ね」
子供たちが、ほんの少しだけ笑った。
その時、ヴォルフが門の近くから広場へと戻ってくる。
部下が報告に駆け寄った。
「地下の3区画、すべての民間人を確認。負傷者多数ですが、死亡者なし。現場混乱も沈静済みです」
ヴォルフは頷いた。
「リリアナの容体は?」
「治癒部隊がまだ手当てを続けています。意識はありますが、安静が必要とのことです」
ヴォルフは一度、広場をぐるりと見渡した。
そこには、命を分け合う人々の姿があった。
アルテシアも、グランツェルも関係なかった。
老いも若きも、ただ命あるもの同士として、火を囲んでいた。




