第45話『黒い太陽』パート4:終焉
天に浮かぶ黒い太陽が、ゆっくりと落ちてくる。
それを迎え入れるように、紅蓮の花が空に咲いていた。
「紅蓮天花」
それは極限まで濃縮された炎の魔力が、繊細かつ巨大な花弁を形作る極大魔法。
厄災を受け止めるために咲いた、炎の花だった。
黒と紅。
二つの炎が、空中で激突する。
「うあぁぁあぁぁっ!!」
カイルの叫びが轟く。
怒り、苦痛、そして理解不能な激情。
黒い魔力が、燃え盛る太陽にさらに注がれていく。
だが、蓮は崩れない。
花弁一枚一枚が、黒炎の波を丁寧に抱え込み、飲み込んでいく。
黒い太陽の輪が、じりじりと削れ、輪郭が歪み始める。
地上の誰もが、言葉を失っていた。
味方も、敵も、剣を止め、杖を下ろし、ただ空を見つめる。
「……すげぇ……」
誰かが小さく呟いた声が、戦場に染み込むように広がった。
紅い炎が、黒炎を喰らっていく。
その激突の中心では、重圧が波のように上下し、大気が震えた。
それでも、蓮は散らない。
崩れない。
ひたすらに、守り続けていた。
太陽を囲っていた黒い炎は、紅い炎に侵食されていく。
やがて、黒い太陽の表面がひび割れた。
ひびの内側から黒炎が漏れだし、暴れる。
だがそれはもう暴威ではなかった。
ただ、焼き尽くされる寸前の余熱に過ぎない。
「テメエらぁぁ!!」
カイルが叫びをあげると同時に、黒い太陽が崩れ始めた。
輪郭が砕け、中心が爆ぜ、炎の塊がばらばらに分解されていく。
紅蓮の花が、それを優しく包み、抱くように燃やし尽くしていった。
最後の小さな黒い炎と共に、蓮の花が空に溶けるように消え――
静寂が、戻った。
空にあった炎も、光も、煙も、すべてが去ったあと――
砦の壁の上、カイルががくりと膝をつき、崩れ落ちた。
顔を上げることもなく、炎も放たず、ただ動かない。
地上では、リリアナの足元がふらつき、彼女もその場に倒れ込む。
「リリアナっ!」
真っ先に駆け寄ったのはミレイアだった。
すぐに治癒部隊が周囲を囲み、次々と魔力を流し込んでいく。
「意識はある……けど、急がないと手遅れになる!少しでも早く――!」
砦の周囲に、ようやく風が戻ってくる。
キユは氷の柱をゆっくりと下ろしながら、無言で地上へと降りてきた。
その瞳には、怒りでも勝利でもなく、ただ――静かな決着を見届けた者のまなざしがあった。
そして、戦場は完全に静まり返った。
誰もが知ったのだ。
今、この瞬間――
“戦いは終わった”と。




