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戦場の紅蓮姫  作者: エル
グランツェル編
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第44話『風を纏う刃』パート2:壁上の覇者

砂埃に揺れる戦場に、重々しい音が響き始めた。


――ギィイイイ……


要塞の門だ。


軋むようにゆっくりと開かれていく巨大な鉄扉の隙間から、兵士たちの影が次々と現れる。


 


「新手!!」


リリアナが咄嗟に叫ぶ。


門の奥から、びっしりと詰まった黒衣の兵たちが列を組んで押し寄せる。


重装の剣兵、魔法兵、そして騎兵までもが一斉に雪崩れ出た。


 


「全隊、防御陣形! 迎え撃てっ!」


ヴォルフ隊が陣形を取り直し、突進してきた敵兵と交戦を開始する。


剣戟の音が鳴り響き、砦の前に混戦の渦が生まれた。


 


「前衛は耐えろ! アイアス!ヘルダス!援護頼む!」


ヴォルフの声が飛び、仲間たちがそれに応じる。


 


だがその混乱の中で、空気が変わった。



 


――ドォン。


 


轟音が、混戦の只中に落ちた。


次の瞬間、戦場の中央が黒い炎に包まれた。


 


「な、なにっ……熱い!?」「うわああっ!!」


 


味方も、敵も、悲鳴をあげて吹き飛ばされる。





「……うるさいな。まとめて、黙れよ」


 


男はそう言って、無感情に右手を振り下ろす。


再び、黒く滲んだ炎が戦場に向かって弾けた。


 


グランツェル兵がひとり、その炎に呑まれるのが見えた。


逃げる間もなく、その体は黒炎に覆われ――何の痕も残さず、灰となって消えた。


 


「……味方まで!?」


リリアナが叫ぶ。


 


「気にしてねえよ、あいつ……!」


ロークが歯を食いしばる。


「味方だろうが敵だろうが、自分の気分で殺す。そういう奴だ……!」


 


カイルは、燃えさかる混乱を見下ろしながら、笑っていた。




「余計うるさくなったな。もっと燃やすか?」



 


その時、冷気が風を切った。



地面から、一本の氷の柱が音を立てて突き上がる。



地を滑る黒炎の気配に真っ向から逆らうように、凍てつく白が空へと伸びていく。


 


柱の頂――そこに、小柄な足が静かに降り立った。


 


「……お前が、カイル」


 


小さな声が、黒炎の音を切り裂く。


 


現れたのは、キユだった。


氷で生み出した柱の上に立ち、ちょうどカイルと同じ高さまで自らを持ち上げていた。


その体には風も翼もない。


ただ、足元の氷だけが彼女を空へと運んでいた。



 


「人……いっぱい、しばって、働かせて……」



「何人殺したの?」


 



カイルは、壁の上でその言葉を聞いても顔色ひとつ変えなかった。


むしろ、退屈そうに片眉を上げる。



「テメエは、今まで捨てたゴミの数覚えてんのか?」

 





「お前の言葉、きたなくて、もう聞きたくないの」



「お前を凍らせる」


 

彼女の言葉とともに、氷の魔力が弾ける。


その小さな手が掲げられ、冷気が空を駆け回った。





「テメエごときが、俺の邪魔をするな」



カイルの手が、静かに持ち上げられる。


その掌に宿るのは、黒い炎。

 


滅焦めっしょう


 


その一言とともに、黒い炎が、キユに襲いかかる。


 


キユは即座に氷を展開し、それを迎え撃った。


 


「――絶凍ぜっとう




空が、黒と白に裂かれていく。

 


戦場の“上”で始まった、灼熱と冷気の一騎打ち。



ただ、見上げる者たちが感じるのは、空気の異常な揺れと、温度の急激な落差だった。






 


一方その頃――地上では、まだもう一つの嵐が暴れていた。


 


「ぐ、ああああっ!!」


「吹き飛ばされるな、踏ん張れっ!」


 


ヨルナだ。


突風と共に湾曲した双剣が地を裂き、ヴォルフ隊、アイアス隊の兵士たちが次々と吹き飛ばされていく。


 


「くそっ、接近できない! 風圧が尋常じゃない!」


 


「ベルトちゃんをよごした罪は……ぜったいに、ぜったいにゆるさないんだからぁっ!」


 


風の暴走。


剣の動きは鋭いというより、奔放(ほんぽう)だった。


思いつくままに斬る。


だが、精神の乱れにより暴走した魔力が、アルテシアの主力部隊をも吹き飛ばす暴力を生み出していた。


 


「やめろ! 味方も吹き飛ばしてるんだぞ!」


「ちがうのっ! もう、敵とか関係ないの! ベルトちゃんがよごれたの! だから全部こわすのっ!」


 


まさに暴風圏。近づくことすらできない。


 


接近を試みたロークとクラウスが、暴風に押されて戻ってきた。


「リリアナ、あれは無理だ! もう普通に止まる相手じゃ――」


 


その声を、セリスが制した。


 


「……止めてくる」


 


そう言いながら、左手の手袋を静かに外す。


 


「セリス……!」


ノアが振り向く。




その目は、じっとセリスを見つめていた。


 


「……行くの?」


 


風が巻く中、ノアの声はかすかに揺れていた。


止めたいわけじゃない。


けれど、ただ見送るには、怖すぎた。


 


セリスは黙って、右手の手袋も外す。


そして、そっとノアの手のひらに押し当てた。


 


ほんの一瞬、目が合う。


ノアがなにかを言いかけた時、セリスが低くつぶやいた。



「風は散るだけだ」

 


突風が吹き荒れる中へ。


雷の気配をまといながら、セリスは歩いた。


 


まっすぐ、風の暴君の元へ。



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