第41話『進軍』パート4:目的地
風が唸る。
空は鈍く曇り、荒野を吹き渡る砂が、行軍の列の足元を白く染めていく。
中央軍――第一部隊と第三部隊が連なって進むその様は、まさに静かなる戦の幕開けだった。
前列をゆくのは第一部隊。
重厚な鎧と盾を備えた兵たちの動きは揃い、地面を踏みしめるたびに、鈍い音が隊列を揺らす。
その後方に続くのは、リリアナ率いる第三部隊。
異なる歩幅と武装が混ざる中、それでも全体は乱れず、訓練された緊張感が保たれている。
リリアナが胸元のポケットから一通の封書を取り出す。
「……作戦の内容を、今のうちに確認しておこう」
その言葉に、ミレイアが小さく頷く。
「ハウゼン将軍から渡された封書ね」
リリアナは部隊内に声を飛ばす。
「第三部隊、作戦内容を共有する! 歩きながら聞いて!」
全体が一拍だけ速度を落とし、視線が彼女に集まる。
リリアナは、封書の封を破った。
「――カイルはグランツェルの要塞都市に立て籠もっている」
乾いた風が封書を揺らす中、リリアナの声だけが鮮やかに響いた。
「要塞の地下に民間人を監禁、労働力として使っている可能性が高い。防衛陣形は厚く、極大魔法の行使も想定されている」
ノアの表情が、わずかにこわばった。
「やっぱり、まだ連れてかれてる人がけっこういるんだね……」
「中央軍、全軍が出たってことは、決着をつけなければいけないということね」
ミレイアが静かに言い添えると、リリアナは再び読み上げた。
「中央軍の作戦は三方面からの挟撃。東に第四部隊、西に第五部隊が回り込み、私たちと第一部隊が正面から突破する」
「……正面か」
セリスの口調には、ひるむ様子はなかった。むしろ、どこか愉快そうですらある。
「カイルが出てくるなら、迎え撃つだけ。炎も、剣も、ちゃんと研いできたし」
ロークは手元の双剣を見て、小さく息を吐いた。
「地下に囚われた民……あいつらを置いて引けるわけねぇな。突破して、ぶち壊すしかねぇ」
そのころ、第一部隊でも同様の作戦確認が行われていた。
「……リリアナ、ずいぶん強くなったらしいじゃねぇか」
ガレンが口を歪めて笑うと、先頭を行くヴォルフが、短く答えた。
「見りゃわかる。背中の迷いがなくなってた」
「へぇ、ちびっこがか」
「……砦なんぞ壊れてもいい。だが民は、絶対に守れ」
重々しい言葉に、ガレンが「おう」とだけ返し、歩調を整える。
すぐ隣――盾を掲げた一団では、アイアスの重低音が響いた。
「防衛線を抜く! 厚かろうが関係ない! 全員、盾を構えろ!!」
「応ッ!!」
即応する隊列。まるで一つの壁のように盾が持ち上がる。
隊長の号令があれば、それだけで動く。
それがアイアス隊だ。
そして、最後列を担うヘルダス隊では、小柄な兵たちがそれぞれ顔を上げていた。
「……キユちゃん、どうするの?」
「ひと、ぜんぶ助けるの。カイルはこおらせるの。ぜったいなの」
イチが拳を振り上げる。
「ヘルダスつよいのー! いっくぞー!」
「キユちゃんであります!」と叫ぶのはニオ。
賑やかな声が、重い行軍の空気に小さな風を起こす。
そして、再びリリアナは顔を上げた。
地平線の向こう。
黒く霞む一点に、要塞の影が浮かんでいる。
まだ遠い。
だが、確かにそこにある。
(……民を、助ける。絶対に)
心の奥で燃える決意だけが、進む道を照らしていた。