第41話『進軍』パート3:出陣の刻
朝靄がうっすらと広がる灰の砦の広場に、軍鼓の音が鳴り響く。
その合図に応じるように、整列を終えた兵たちが一斉に背を伸ばした。
風が吹くたび、掲げられた旗がなびく――金縁の白旗は中央軍第一部隊の証、深紅の旗には紅蓮の剣章、第三部隊・リリアナ隊が誇る印。
高台に立つのは、灰の砦の将――ハウゼンだ。
その背筋は真っすぐに伸び、見下ろす視線には一切の迷いがなかった。
「中央軍、聞け――!」
低く、太い声が空気を切り裂く。
その瞬間、場にいた全員の目が彼に向けられた。
「この出撃は、敵を討つための行軍ではない。
――民を、命を、取り戻すための戦いだ」
どこか遠くで、金属音がカン、と鳴った。
その音が、広場に広がる熱の胎動を告げた。
「奪われたものを取り返す。踏みにじられた命の重さを、あの暴君に叩き込む。
我ら中央軍は、そのためにここに立つ――!」
兵たちの喉が鳴る。
緊張。
昂揚。
誓い。
そして、怒り。
ハウゼンはそれを確かに受け止め、叫んだ。
「進撃の槍を握れ!剣を振るう者は、命を背負え!」
怒号にも似た軍将の檄に、いよいよ各部隊が反応を見せはじめる。
まず動いたのは、ヴォルフ隊だった。
ヴォルフが、隊の前に一歩進み出る。
「第一部隊、久々に――“全員揃ってる”じゃねぇか」
どこか冗談めかして笑ったその声に、隊員たちが小さく笑いをこらえる。
「ったく、昔はこんな日を何度も見てたがな。今じゃ珍しい光景だ」
槍を肩にかけたハルドが、「今回は派手にいきましょう」と呟いたのを受け、ヴォルフは口の端を上げて言った。
「上等。やるときゃやるのが第一部隊だ」
周囲の兵たちが各々の武器を持ち上げ、ざわりと音を鳴らす。
そこに漂うのは、まさに“猛者たちの余裕”だった。
続いて動いたのは、鉄壁の守りを誇る――アイアス隊。
ずらりと並んだ重装盾兵たちの前で、一際大きな盾を背にした男、アイアスが吼える。
「一歩も引かねぇ、それが俺たちだ!!」
咆哮。
それは叫びではなかった。ただのスローガンでもない。
命を守り、戦場を支える者としての誇りが詰まった、一撃のような声だった。
「俺たちが崩れたら、全軍が死ぬぞ!!」
ドラン怒鳴り声とともに、全兵が盾を突き立て、同時に足を踏み鳴らす。
ドンッ――という重低音が、地面から突き上げた。
「勝利の先に、護りし者の名が刻まれるッ!」
儀礼の一節を叫び、彼らは誰一人微動だにせずに整列を保った。
まるで一枚の壁のような統率。
その硬さと重さが、見る者に圧を与える。
一方、小さな身体で元気よく動いていたのは、ヘルダス隊の子供たちだ。
「いくのー!」
「負けないのー!」
「絶対勝つのー!!」
ぴょこぴょこと跳ねるように駆け回り、けれどそれぞれしっかりと杖や装備を携えている。
キユが皆の前に立ち、
「ヘルダス族の魔法、最強なの!!」
と片手を上げて言うと、周囲の隊員が
「わー!」
と一斉に返す。
ハウゼンがそれを見て、わずかに目を細めた。
「……頼もしいな、天才どもめ」
苦笑とも称賛ともつかぬ声を漏らしながら、その視線は次へと向かう。
そして、最後に静かに前へ出たのは――リリアナ・アーデルだった。
「私たちは、奪うために行くんじゃない。
命を守るために、剣を取る」
周囲の第三部隊がぴたりと息を止めるように、リリアナの言葉に集中する。
「行こう、命のための剣として」
その宣誓のような一言に、隊員たちは頷き、ロークが笑みを浮かべる。
「了解、隊長」
「準備は整ってるよ」
「俺たちもちょっとは強くなったしね」
魔法使いも剣士も、誰一人として迷いはない。
それぞれが“守るための戦い”を胸に抱き、この出撃を受け止めていた。
そして、再びハウゼンの声が広場に響き渡る。
「中央軍、出陣――!!」
その一喝とともに、全軍が一斉に動き出した。
足並みはそろい、旗が振られ、戦場への進軍が始まった。