第41話『進軍』パート2:報告
――灰の砦・司令室。
扉の前に立ち、リリアナは静かに息を整えた。
その背にはロークとキユが並び、他の隊員たちも続いている。
扉の奥には、いつものあの厳格な将軍――。
「……行こう」
コツン、と扉を叩く音が響いた。
「入れ」
重々しい声が返る。
リリアナが扉を押し開けると、そこにいたのは、相変わらず気難しそうな顔をしているハウゼン将軍だった。
「よう戻ったか」
ハウゼンは顔を上げると、視線をまっすぐリリアナへと向けた。
その声は低く、だがほんのわずかに――安堵の色が混じっていた。
「はい。リリアナ隊、ただいま任務を終え、帰還いたしました」
ロークとキユを見たハウゼンの視線が、一瞬だけ穏やかになる。
「……ローク、体はどうだ」
「問題ありません。明日からでも出撃できます」
「ふむ。無理はするな。……そして、キユ」
「はい! キユです!」
ピンと背筋を伸ばして名乗るキユに、ハウゼンがわずかに目を細める。
「……坑道では無茶をさせたな。感謝する」
「ふふ、ありがと!」
その返事に、部屋の空気がほんの少し和らいだ。
だが次の瞬間、リリアナは表情を引き締めて、机の前に進み出た。
「では、王都での報告をさせていただきます」
任命式は無事に完了し、王の御前にて第三部隊の再任が正式に認められたこと。
ミレイアが副隊長に任命され、王紋バッジを賜り、評議会、研究所であったこと。
そして、ロークの回復と、キユの治療が完了し、これより正式な戦力として復帰すること。
リリアナは言葉を選びながら、要点を簡潔に述べていった。
そのひとつひとつに、ハウゼンは無言で頷きを返す。
だが、話がひと段落したところで、リリアナは懐から封筒を取り出した。
「……そして、これが――王命です」
机にそっと差し出されたのは、金色の封蝋で閉じられた文書。
王家の紋章が刻まれ、重みのある存在感を放っていた。
「陛下より、中央軍全軍への討伐命令が下されました」
「……そうか」
ハウゼンは封を開けることなく、ただ数秒じっとそれを見つめた。
その目の奥には、どこか“覚悟”に似た静けさがある。
「カイル討伐――そして、民間人の救出。……重い任だな」
「はい」
ハウゼンは目を閉じ、長く息を吐いた。
そして再び、ゆっくりと目を開くと、封書を手にして呟いた。
「これが……“王の意志”か」
その言葉が部屋に染み渡ったあと――
リリアナは、やや気まずそうにもう一通の封筒を取り出す。
「……それと、もう一つ」
「……?」
「こちらは、魔法技術研究所からの請求書です」
「…………」
封筒を受け取ったハウゼンは、眉間に皺を寄せたまま封を切る。
「“壁一面、天井三枚、ガラス五面”……修繕費……?」
「……はい」
「お前らは“任務”じゃなくて、“破壊”しに行ったのか!?」
ハウゼンの怒声に、思わずクラウスとノアが揃って背筋を伸ばす。
「い、いや、研究中の……ちょっとした、事故で……」
リリアナが口を開きかけたが、目を逸らしながら無言になる。
隣でセリスも、ハウゼンから目を逸らした。
「……おい、今、ふたりして同時に目を逸らしたな。完全に“やった顔”だぞ」
その一言に、隊員たちがクスッと笑うのをこらえる。
「評議会を静かにさせてきた功績も合わせて、差し引きゼロでどう?」
ミレイアが穏やかに言うと、ハウゼンが思わず天を仰いだ。
「ったく……頭痛が増える一方だ……」
請求書の束を脇に置いた彼は、改めて封書を見つめた。
「第一部隊もこの砦に揃っている。“命令”が下った以上、動くしかないな」
「出陣の準備、すぐに始めます」
リリアナはまっすぐに応えた。
その瞳に宿るのは、揺るがぬ決意。
「……よし。ならば俺も、腹をくくらんとな」
ハウゼンは椅子から立ち上がり、机越しに静かに言い放った。
「戦いの火蓋は、もう――切られた」
そうして、灰の砦の中で、再び“中央軍”の歯車が動き出した。
それは、この国の未来を賭けた戦いの、始まりを告げる音だった。