第41話『進軍』パート1:ただいま、灰の砦
灰の砦が見えてきた。
――懐かしい石壁の輪郭が、ゆっくりと立ち上がる。
「帰ってきたのーっ!」
叫んだのはキユだった。
馬車の上で身を乗り出し、遠くの砦に向かって両手を振る。
後ろではコヨとテトも同じように顔を輝かせていた。
「……やっと戻ったんだ」
リリアナが小さく呟き、その光景を噛みしめる。
王都での任命式、評議会、研究所……あらゆる出来事を乗り越えて、ようやく帰ってきた。
「――あっ! 誰か来たよ!」
ティオの声に皆が顔を上げる。
砦の門がゆっくりと開き、そこから数人の小さな兵士がわらわらと飛び出してきた。
彼らは駆け足でこちらへ向かってくる。
「帰ってきたのー!」
「おかえりなのー!!」
先頭を走っていたのはニオちゃんだ。
その後ろにイチちゃん、ツグちゃんも続く。
三人とも、耳まで赤くして両手を振りまくっていた。
「おかえりなさいなのーっ!」
「ちょっと遅かったの!」
「キユちゃーん!」
馬車が砦に入る頃には、三人は取り囲むように駆け寄ってきて、キユに飛びついた。
「キユちゃんであります!」
「ただいま、なの。おみやげあるの」
「やったーっ!!」
他の隊員たちもぴょんぴょん跳ねながら、ロークの馬車を覗き込んだ。
「ローク殿ー!」
「いきてるー!」
「脈ないのー!」
ロークは笑いながら、坑道で助けてくれたヘルダス隊にお礼を言った。
その隣では、テトは袋をひとつ持ち上げて、
「これはお祭り用の笛! これは棒みたいなやつ! こっちは……なんか魔力通すと面白い動きするやつ!」
と得意げに紹介を始めた。
「なんか色々詰め込みすぎじゃない?」
ノアが呆れつつ笑い、ミレイアが苦笑する。
「王都の空気って、つい買い物させるのよね……」
「また来賓室が物置きになるかもしれませんね」
ラシエルが山積みされた荷物を見ながら言った。
そのとき、リリアナがヘルダス隊の面々に向き直って包みを差し出した。
「これ、ヴォルフ隊とアイアス隊へのお土産。私たちハウゼン将軍のとこ行ってくるから、ヘルダス隊から渡してくれると助かる」
「任されたのーっ!!」
「かしこまりなのーっ!!」
ニオたちが威勢よく受け取ると、イチが慌てて横から耳打ちする。
「これ、たべちゃダメなの」
「……ちょっと、香りだけならいいと思うの」
「開けたらたべちゃうの。あけちゃダメなの」
そんなやり取りにリリアナが小さく笑った。
砦の空気、仲間たちの声、見慣れた石壁。
どれもが懐かしく、そして温かい。
兵士としての日常が、少しだけ騒がしく戻ってきた。