表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場の紅蓮姫  作者: エル
王都編
218/247

第40話『灰の砦への帰還』パート4:居場所

夜の屋敷。


出発前の空気が、静かに満ちていた。


 


広間にはそれぞれの荷物が積み重ねられ、隊員たちは思い思いの準備に追われていた。


 


「……荷物、ずいぶん増えたね」


 


ティオがぽつりと呟く。


 


「王都で買ったお土産。あと……変な棒とか……ふふ」


 


ラシエルが苦笑しながら言い、リリアナも思わず吹き出した。


 


「忘れ物無いようにね。こんな棒が落ちてたらシアネさんビックリしちゃう」


 


「ふわー……お祭り、終わっちゃうみたいだね」


 


ティオの呟きが、妙に静かな響きを残した。


 


その時だった。


 


「――こんばんは。突然の訪問を、お許しください」


 


優雅な声と共に、廊下の奥からシアネ・クリスタル・フォン・エルデが姿を現した。


 


光を帯びた白髪と水色の瞳。




屋敷の灯りに照らされながら、彼女はゆったりと広間に入ってくる。


 


「シアネさん……?」


 


リリアナが立ち上がりかけるのを、シアネはそっと手で制した。


 


「構えないでください。今夜は、ほんの少しだけお話をしに来ただけなのです」


 


彼女は椅子を勧められると、腰を下ろし、隊の面々を穏やかに見渡した。


 


「明日、砦に戻られるのですね」


 


「うん。ロークの退院も済んだし……予定通りに」


 


リリアナの答えに、シアネはうなずいた。




「実は、先日の評議会の後――少しだけ、空気が変わりました」


 


「……変わった?」


 


リリアナが首を傾げると、シアネは柔らかく言葉を続けた。


 


「私はその場にいませんでしたが、あなたの言葉。『制度を否定しない』と、はっきり伝えた姿勢に……多くの者が、心を動かされたのです」


 


リリアナは思わず目を伏せた。評議会の場で、自分が語った言葉を思い出す。


 


――私は、皆さんを否定するつもりはありません。

制度を守り、積み上げてきた人たちの努力を、軽く見るつもりもない。

私だって、小さい頃は家があって、畑があって――

それを将来引き継ぐのが当然だと信じてました。

だから分かります。先祖から受け継いだものを守りたい。

それを自分の子どもに託したい。……その気持ちは、間違ってなんかいない。


 


あの言葉を、誰がどう受け止めるか、不安もあった。


 


でもーー


 


「私は……ただ、目の前のことに、全力で向き合ってきただけ」


 


「その姿勢が、重みとなりました。心ない声がまだ残るのも事実ですが――それでも、いま王都の空気は、ほんの少し、穏やかに流れはじめています」


 


そう言って、シアネは懐から一通の封書を取り出した。


 


「そして、これは……王命です。どうか、砦へ戻ったら、ハウゼン将軍にお渡しください」


 


封筒には、王家の紋章が刻まれていた。


 


リリアナが慎重に受け取ると、シアネは一言添えた。


 


「内容は、“カイル討伐”。中央軍全軍への命令です」


 


空気が、静かに変わった。


 


「……ついに、来るんだね」


 


「この命は、あなた方が砦に戻ったのち、正式に発動されます。進軍の準備や時期の判断は、ハウゼン将軍に委ねられる形です」


 


リリアナは視線を落とした封筒に戻し、深く頷いた。


 


「……了解しました。必ず、届けます」


 


シアネはその様子を見届けると、少しだけ声を低めた。


 


「カイルの所業には、国家としてけじめをつけねばなりません。今もなお、彼の支配のもとにある民が、助けを待っています」


 


「私たちが、取り戻す。……全員、必ず」


 


リリアナの言葉に、隊の者たちは無言でうなずいた。


 


それが、戦場に生きる者たちの誓いだった。


 





 


朝――。


 


まだ空が青白い時間、王都の門前にリリアナ隊は揃っていた。街はまだ静かで、露店も開いていない。


 


「じゃ、行こうか」


 


ロークの軽い一言に、隊が小さく笑う。


 


「また来るのー!」


 


キユが元気よく手を振ると、コヨとテトも跳ねながら手を振った。


 


リリアナは振り返らずに歩き出す。


 


「――行こう。私たちのいるべき場所へ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ