第4話『魔法と剣』7
ガレンは数秒沈黙した後、ゆっくりと剣を下ろした。
「……お前、すげぇな」
「え?」
リリアナが驚いた表情でガレンを見る。
「お前には教える奴がいなかっただけだ。独学とはいえ、何年もずっと訓練してきた基礎は身に付いてるぞ」
ガレンはニヤリと笑った。
「認めてやるよ、リリアナ。お前は"戦場の剣士"として戦える」
「……!」
リリアナの胸が熱くなった。
(戦場の……剣士)
ずっと、自分には何の力もなかった。
剣を振るっても、ましてや魔法を使うことも、何もできなかった。
でも――
(今の私は……違う)
「おめでとう、リリアナ」
ミレイアが優雅に微笑みながら言った。
「あなたは、ついに"戦える炎"を手に入れたのよ」
リリアナは拳を握る。
「……ありがとう、ミレイア」
「ふふ……まぁ、初日は合格ってだけの話しだけどね」
ミレイアは意味深な笑みを浮かべた。
「あなたの炎は、まだ"完成"していないもの」
リリアナは目を見開く。
「え?」
「これから、もっと強くなるわ。炎を纏うだけじゃない、"戦場を支配する力"へと進化するのよ」
「……!」
リリアナの心臓が高鳴った。
(私は、もっと強くなれる……!?)
「楽しみね、リリアナ」
そして訓練を終えたリリアナは、ガレンとミレイアと共に野営地へと向かっていた。
全身は汗と泥で汚れ、体の至る所が痛んだが、今の彼女の目は確かな自信に満ちていた。
「ふぅ……やっと戻れる……」
リリアナは肩を回しながら呟く。
「満足した?」
ミレイアが優雅に笑いながら尋ねる。
「……まだ全然。でも、ちょっとは戦えるようになった気がする」
「ふふ、それは何よりね」
ミレイアの微笑みを見て、リリアナもつられて笑いそうになった。
「そうそう、リリアナ、その技に名前をつけてあげなさい」
「………名前?」
リリアナは目を瞬かせる。
「そうよ」
「私が"リリアナ"と呼んだら、あなたは私を見るでしょ?」
「……うん」
「それと同じなの。技にも命があって、魂が宿るの。呼んだら来てくれて、あなたと共に戦う。あなたが死ぬ時は技も一緒に消える。魔法の技とはそういう存在なのよ」
(共に戦って、一緒に死ぬ……か……)
リリアナはもう一度剣に炎を纏わせて、剣を見つめた。
(あれ? この炎、傭兵団でいつも見てた焚き火の火より紅い……)
赤く燃え上がる刃が、まるで彼女自身の覚悟を象徴しているかのようだった。
リリアナはゆっくりと口を開いた。
「これからよろしくね……紅蓮刃」
「いい名前ね」
ミレイアが微笑む。
そして野営地に到着する直前、その表情が曇る。
野営地の入口で、騎士たちが何か深刻そうに話しているのが目に入ったからだ。
「……? 何かあったの?」
リリアナが問いかけると、ガレンが険しい顔をした。
「……お前の小隊の話だ」
「私の……?」
リリアナの心臓が、嫌な予感とともに跳ねた。
野営地の中に入ると、異様な空気が広がっていた。
負傷した兵士たちが治療を受ける中、幾つもの遺体が並べられている。
布をかぶせられた亡骸が、まるで戦場の残酷さを象徴するようだった。
リリアナは言葉を失った。
「……まさか」
「状況を聞いてくる。ここでミレイアと待ってろ」
リリアナの体が強張る。
ガレンは数人と話して戻ってきた。
「昼の戦場で、お前がいた小隊は爆発に巻き込まれた。混合魔法をぶつけられたらしい」
ガレンが静かに言った。
「小隊長も、隊員のほとんども死んだ。生き残ったのはほんの数名だけだ」
リリアナの呼吸が浅くなる。
(そんな……)
「お前もあの時、巻き込まれていたはずだ」
ガレンはリリアナをまっすぐ見つめた。
「覚えてねぇか? お前が俺と会った時、はっきり受け答えができてなかっただろ。たぶん、そのせいだ」
リリアナの脳裏に、あの時の光景がよみがえる。
激しい爆発音。
視界を覆う炎と、吹き飛ばされる仲間たち。
血と悲鳴が交錯する戦場。
自分も地面に叩きつけられ、意識を失った――。
「……生き残ったのは、運が良かっただけか」
リリアナは震える拳を握りしめる。
「そういうことだ」
ガレンは頷いた。
「俺たちの前線部隊のすぐ後ろに、お前の小隊がいた。だから、あの混乱の中で俺たちのところまで流れてきたんだろう」
リリアナは理解した。
つまり、彼女があの場でガレンと出会ったのは、偶然ではなかったのだ。
「小隊が全滅に近い状態になった以上、残った隊員は別の部隊に吸収されることになる」
ガレンが言う。
「そしてお前は――俺たちと一緒に戦うことになった」
リリアナは息を呑む。
「……つまり、私はガレン達がいる部隊に配属されるってこと?」
「そういうこと。」
ガレンが頷く。
「まぁ、あなたにとっては悪くない話じゃない? 戦いながら、さらに鍛えられる環境よ」
ミレイアが後押しをする。
「……そうだけど」
リリアナは剣を握りしめた。
(私は、また生き残った)
(だけど……仲間は死んだ)
昼に一緒にいた兵士たちの顔が脳裏に浮かぶ。
食事の時に、些細なことで笑っていた仲間たち。
「新人だって? まぁ、戦場じゃ関係ねぇさ」なんて言っていた小隊長。
彼らは、もういない。
リリアナは深く息を吸った。
「……わかった。私も一緒の部隊で戦う」
静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
ガレンはそれを聞き、ニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃな」
こうして、リリアナは正式にガレンたちと同じ部隊の一員となった。




