第38話『紅の花はまだ蕾』パート3:測定
王都南部、石造りの軍施設群を抜けた先に――《魔法技術研究所》はあった。
「ようこそーっ! お待ちしてました第三部隊の皆さーん!!シアネ様から話しは聞いてます!!」
門が開くと同時に、派手な赤髪の女性が飛び出してきた。白衣の下からは軍服の一部が覗き、名札には「局長 ルーディア・レムナート」の文字が踊っている。
「そこの小さい隊員さんはヘルダス隊だね!?」
挨拶こそ丁寧だったが、その目は既に落ち着きをなくし、周囲を興味深そうに見回していた。
「中央軍ってだけでテンション上がってるのに!極大魔法使える人いるんだってね! もう楽しすぎ!」
「さ、騒がしいな……」
「うちも騒がしさじゃ負けてないでしょ」
ルネが小声で呟くと、後ろでノアが笑った。
ルーディアは隊列の前をくるくる歩きながら、順に一人ひとりへと視線を巡らせていた。
やがて、ある一点で、彼女の動きが止まる。
「……あ、ちょっと待って、それ――」
指差したのは、セリスの左手。
「なにこれ!? 触っていい!? いや、触るね!? ありがとう!」
セリスが言葉を発する前に、ルーディアは彼の手をがしっと両手で包み込む。
「うわっ、この手袋、導管ラインの再編密度がやばい……反応の変位もほとんどない……どこの設計? 誰の!? 設計図ある!? いま解体して見てもいい!?」
「やめてください。それ、作るのに二ヶ月かかりましたから」
ラシエルが即座に否定すると、ルーディアはぴたっと動きを止め――
「……じゃあ、教えて……! どうやって作ったの!?」
と、瞳を輝かせた。
「それは……私とミレイアさんで共同で作りました。有り余る魔力のぶっぱ制御手袋です」
ミレイアが優しく補足する。
「リリアナの分も作りたかったのだけど、時間が無くてまだ手付かずなのよ。協力してもらえるなら、一緒に作ってもいいわよ?」
「うっわ、最高。そういうの大好物!あとで全部、聞かせて!」
次の瞬間、ルーディアは再びセリスの手にがっつり顔を近づけ、
なんと、手袋に鼻を近づけて――
「んんん~~、この革の香り! 魔力が染み込んだ匂いって、こんな……!」
「セ、セリスがぁ……!」
ノアが半分泣きそうな顔でラシエルの袖を引っ張る。
「ちょ、ちょっと近い近い! さっきからあの人距離感おかしいよ!? ていうか匂い嗅ぐってなに!?」
「ふふ……なかなか見応えのある絵ですね」
ラシエルは不敵に微笑みながら、じっとその様子を見守っていた。
そのまま勢いよく施設内に案内され、一行は白を基調とした大部屋に通された。
魔力測定円盤、魔導放出視覚化装置、反応分布台……軍事訓練施設では見たことのない、精密かつ整然とした機材が壁際に並んでいた。
「ここは“魔力量”だけじゃなく、実戦向けの魔法制御能力も見るの!」
赤髪の局長――ルーディア・レムナートが装置の間をくるくると動きながら、説明を始めた。
「今日の測定項目は3つ!」
1本目の指を立てながら、彼女は声を張る。
「ひとつ、魔力量! どれだけ大きな魔力を持ってるか、ね!」
「ふたつ、魔力の放出安定性! 出すときに暴れたり、ムラが出たりしてないかを測ります!」
「そして最後、技の形成精度! これは、魔力を“どういう形”で出せるか。“花を描く炎”とか、“線のまま走る雷”とか。技の作り込みを見るの!」
ミレイアが後ろで頷く。
「なるほど……制御技術の評価が重視されているのね」
「そのとおり! 魔力量が多くても、技にできなければ意味ないから!」
ルーディアは誇らしげに言い切り、それから視線を皆に向ける。
「で、“極大魔法”使える人って、だれ?」
一瞬の静寂のあと――セリスが無言で手を上げた。
その隣で、キユもにこっと笑いながら手を挙げる。
「……でも、いまはダメなの。まだケガしてるから。今日は、見るのー」
自分の腕の包帯をくるくると示しながら告げた。
「そっか、えっーと、ありがとうキユちゃん。偉い偉い!」
ルーディアがリリアナ隊、ヘルダス隊の名簿を見ながら感心したように頷き、すぐに前を向く。
「じゃあ、セリスくんからいきましょう!」
ルーディアが測定装置の台座を軽く叩きながら、声を上げた。
「じゃあまずは、“魔力量の測定”からいきましょう!」
彼女が示したのは、楕円形の黒い金属盤。その中心には魔導式のリングが複数刻まれており、淡い光が脈打っている。
「これは“深度探査式魔力量測定装置”。
あなたの身体に微細な魔導波を通して、体内にどれだけ魔力が蓄えられてるかを覗く……って感じね。力まなくていいから、手を乗せて」
セリスが静かに頷き、台座の中央にそっと手を置いた。
「……おおおおお……来てる来てる来てる!
最深部の魔力核まで反応してる! しかも反応の濃度が異常!」
ルーディアが手元の水晶モニターを覗き込むと、魔力量を示す円グラフがぐんぐん拡大していく。
「こ、これは……通常の兵士の約七倍。
いや、平均値で換算したらもっとかも……!」
リリアナたちが思わず息を呑む。
「……これが、セリスの魔力」
ルーディアが顔を上げた。
「ええ。とんでもない魔力。制御用の手袋がなかったら、下手したら自分の腕ごとぶっ飛ばしてるかもよ?」
セリスは無言で視線を落とし、小さく頷いた。
マリアが驚いたようにセリスを見る。
「そんなに……」
セリスは気にした様子もなく、無表情のまま立っていた。
「はい、じゃあ次は魔力の放出安定性!」
ルーディアが指示を出す。
「今度は、雷をゆっくり流して。荒れたり、弾いたりしないように」
セリスは頷くと、手のひらを開いた。
じわり――と、指先から雷が流れ出す。
糸のように細く、なめらかに、ブレることなく一定の強さを保っていた。
ルーディアはじっと見つめ、ゆっくりと拍手をした。
「うん。安定性は満点。ほとんど揺らぎがないし、出力変化もない。完璧!」
最後の項目に移る。
「次は技の形成精度。魔力で“意図的な形”を作れるかどうかを見るの!」
「セリスくん、指先でいいから、線状の雷を……何か形にしてみて」
セリスは無言で、指先に雷を灯らせた。
淡い紫電が静かに弾け――次の瞬間、空間に“しなやかな四肢”が浮かび上がる。
それは、まるで“雷の虎”。
尾を揺らし、牙を見せ、電光の獣がそこに存在するかのように、空中に姿を刻んでいた。
「……雷で、動物を……?」
ミレイアが驚いたように目を見開く。
「虎……それも四肢のバランスまで精密に」
ラシエルが低く呟く。
ルーディアは両手をバシバシ叩きながら叫んだ。
「ちょ、ちょっとすごいわよ!? この形成精度……魔力の線が一切乱れてない!あんな形状、普通は崩れるのに……!」
「つまり……セリスくんは、魔力量・安定性・形成精度のすべてが上位評価」
セリスはただ、小さくまぶたを伏せただけだった。雷の虎が、彼の指先からそっと消えていった。
だが、その顔にほんの少しだけ曇りが差す。
「ただし……魔力量が多すぎて、“全力放出”を繰り返すと筋損傷のリスクがあるわ」
ルーディアがセリスの手袋をちらっと見る。
「だから、それを補うための制御具――つまり、あの手袋ってわけね」
セリスが静かに頷いた。
「でも、ほんっとに見事な制御よ。ありがとう、セリスくん」
セリスはゆっくりと装置から降りた。
セリスが装置から降りたそのとき、ルーディアは一度だけ真剣な目を彼に向ける。
「セリスくん。あなたの魔力は、まるで溢れ出しそうな大河みたい。だけどそれを、壊さず、荒れさせずに使うには――“出力の切り分け”が大事になるの」
彼女は指を三本立てながら、わかりやすく言葉を続けた。
「全力・七分・三分――そうやって魔力を段階的に運用できるようになると、長期戦でも無理がきくようになるの。今は瞬発的には完璧だけど、戦場ってそれだけじゃ足りないから」
セリスはしばし黙っていたが、やがて小さく頷いた。
ルーディアは満足げに笑みを浮かべる。
「あなたならできる。あの手袋も、すっごくいい仕上がりだけど、それに頼らない運用も試していきましょ?」
「……わかった」
短く返したその声には、どこか芯のある落ち着きが宿っていた。
そして、次に測定に呼ばれたのは、ラシエルだった。
だがその一歩手前で、ノアがこっそりと耳打ちする。
「ねえ……私とクラウスとティオって、なにかするの?」
ミレイアが軽く笑って答えた。
「魔力量が少ない人は、待機ね。魔導測定器って、ある程度の魔力がないと反応すらしないのよ」
「……なるほどね……」
ノアが肩を落とし、クラウスは黙って頷き、ティオは静かに椅子に座っていた。
ラシエルがゆっくりと測定装置に歩み出す。