第37話『牙を剥く議場』パート5:特権
「以上をもって、本日の審議を終了とする」
ユルバン判事の宣言と共に、議場の扉がゆっくりと開かれた。
議事が終わったというのに、場の空気はまだ張り詰めていた。
フェルナー子爵は最後までリリアナたちに目を向けず、怒気を押し殺すように退出し、
サルトス伯は何も言わず、静かに背を向けた。
ユルバンだけが、短くリリアナたちに目をやる。
その瞳には、感情の読めない光が浮かんでいた。
「……仮登録、か」
リリアナが小さく呟いた。
「正式じゃないけど、“認められた”のは間違いないわ」
ミレイアが隣で答える。
「番号の使用も、軍記録への登録も――今日から第三部隊は制度の中に存在する部隊よ」
ラシエルがそっと眼鏡を直した。
「手続き上は“暫定扱い”でも、王紋バッジがある限り――
行動には支障がありません。施設利用も、補給要請も、通行証の代わりになります」
「……バッジの権限って、そんなに強いの?」
マリアが驚いたように訊いた。
「ええ。もともと“将軍以上”が持つものだったから」
ミレイアが頷く。
「王都内の軍事施設、補給所、武器庫――
よほど機密性の高い禁区を除けば、ほとんどが通れるわ。
しかも、部隊長だけじゃなく、同行者の使用も許可されてる」
クラウスが、少し驚いた顔で言葉を継ぐ。
「ってことは……全員で武器庫にも行けるってことか」
「ええ。事前申請さえすれば、使えるはずよ。
王都に滞在してる間に、みんなそれぞれ武器を見ておくといいわね」
「……すごいことだね」
マリアがふっと表情を和らげた。
リリアナは一歩だけ前に出て、空になった議場を振り返る。
「貴族たちからあんなに嫌がられて、
それでも今日、制度の中に入ったんだ」
「さて、そろそろ出ましょうか」
ミレイアが静かに言った。
「外には、使用人が待っているはずよ。
少し休んで、屋敷に戻りましょう」
「うん……でも、なんか変な気分」
マリアがぽつりと呟く。
「言葉で戦うって、あんなに怖くて、重たいんだね」
議場を出た一同に、冷たい風が吹きつけた。
廊下の先には、待機していた使用人の姿があった。
「お疲れ様でございました、皆さま。
屋敷のほうでは昼食と、お茶のご用意が整っております」
「ありがとう」
ミレイアが柔らかく答える。
「……それと、王紋バッジについて、使える施設の一覧を貰えると助かるわ。
武器庫も含めて、申請の流れを確認したいの」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
使用人が頭を下げ、歩き出した。
それに続いて、リリアナたちもゆっくりと歩を進めた。




