第37話『牙を剥く議場』パート1:議論開始
王都の南端にある軍務評議会棟――。
重厚な石造りの建物に囲まれたその一室に、第三部隊の姿があった。
今日、ここで開かれるのは「王命によって復活した第三部隊」と「与えられた王紋バッジ(徽章)」に対する、制度上の“確認”という名の審議だった。
「……この場所、なんだか空気が重いですね」
マリアが小さく呟いた。
リリアナは無言でうなずいた。
この場に集められたのは、彼女を含む5人――すべて姓を持つ者たちだった。
リリアナ・アーデル。
ミレイア・ラシュフォード。
ラシエル・フィルグレア。
クラウス・ハルトナー。
マリア・ノルト。
「ノアやティオを連れてきたかったけど……王都の連中に“姓がない者”が席についたら、話す前に切り捨てられるわ」
ミレイアが昨日のうちに言っていた言葉が、リリアナの中に残っていた。
議場は円形になっており、最上段にはすでに三人の評議会高官が並んでいた。
中央の席には、黒い衣をまとった静かな老紳士――ユルバン判事。
一見中立に見えるが、空気を読み、議会を調整してきた現実主義者。
この場の議長役を担っている。
その右隣には、白髪で威圧的な風格を持つサルトス伯爵が座っている。
制度と法を絶対視し、例外を嫌う保守派の重鎮だ。
左隣には、金刺繍の派手な上着に身を包んだフェルナー子爵。
声も態度も大きく、感情優先で貴族の威信に強くこだわる男である。
「――着席を」
ユルバンが促し、第三部隊の五人はそれぞれの席に座った。
そして、その周囲。
壁際の段差ある傍聴席には、王都の貴族や軍関係者たちが静かに列席していた。
彼らは発言こそ許されないが、制度に関わる審議の行方を見守る立場にある。
彼女たちの背後から注がれる数十の視線――
その中には、探るようなまなざしも、あからさまな嫌悪も、興味を抱く者の目もあった。
「本日の審議は二点に分けて行う」
ユルバンが議事録を手に、低く宣言する。
「一つ、第三部隊に与えられた“王紋バッジ(徽章)”の効力に関する確認。
一つ、第三部隊の軍制度上の扱い――すなわち“臨時部隊”ではなく、今後恒常的な部隊と認めるかについての議論だ」
「……恒常的な部隊?」
リリアナが小さく呟いた。
隣のミレイアが、わかりやすく説明するように言葉を選ぶ。
「今の第三部隊は、“王様の命令で動いている臨時部隊”なの。
だから、制度の中にはまだ正式に登録されていない状態よ」
「……え? でも、任命式までやったのに?」
「ええ、任命式は“命令による任命”――つまり国王の意志としては完全に認められているわ。
でも、軍の制度として登録されるには、議会の手続きが必要なの」
「議会って……この人たち?」
「そう。今ここに座ってる軍務評議会――あのユルバン判事たち。
この人たちが『第三部隊を正式な軍の一部と認めます』って手続きをしないと、
私たちは“制度外の例外部隊”のままなのよ」
リリアナは少し目を見開いた。
「……じゃあ、私たちの部隊って、まだ仮のものなんだ?」
「王命がある限り動けるけど、“制度に守られてる状態”とは言えないの。
補給や通行の優先も、実は全部“王の信頼”だけで成り立ってる。
だから、制度側が黙認しなかったら、いつでも縛ってくることができるのよ」
「それって……不安定ってことじゃん」
「だからこそ、今日の議会が大事なの。
ここで認めさせれば、“例外”じゃなく、“制度の中の一部”として戦えるようになる」
ミレイアはそこで一拍置き、低く付け加えた。
「でも、それが気に入らない人もいる。
第三部隊が制度に入れば、“王命の例外”が“制度の前例”になってしまうから――」
リリアナは静かにうなずき、目の前に並ぶ議員たちを見据えた。
ユルバンが語調を正す。
「まずは、徽章――王紋バッジの件から始めよう」
サルトス伯が、書類を一瞥して言った。
「王紋バッジは、王の名のもとに軍に“特別な権限”を与えるもの。
本来は将軍や王家直属部隊の隊長など、限られた者だけに与えられるはずだ」
ラシエルが、落ち着いた声で応じた。
「おっしゃる通りです。
ですが、バッジの発行権限は“王室直属”と制度に明記されており、発行に議会の承認は必要ありません」
「……制度はそうでも、“慣例”では違うのだよ」
サルトスが眉をひそめる。
「慣例が制度に勝るなら、制度はいらないわ」
ミレイアが静かに切り返す。
「私たちがここにいる理由は、“制度上の問題”があると議会が見なしているからですよね?
なら、制度に従って答えるべきです」
フェルナー子爵が身を乗り出す。
「名もなき兵が、王紋を持って王都中を自由に動き回るなど……常識では考えられん!
通行所も、補給所も、治療院すらも……優先されるなど、乱れを生む!」
「乱れではなく、“命を守るための備え”です」
マリアが優しく、しかし真っすぐな声で応じる。
「王紋バッジは、まだ私たちの手に渡って間もないものです。
でも、それを持つことは、“必要なときに、迷わず動ける責任”を託されたということ」
「誰かが傷ついているとき、誰かを助けに行くとき。
そこで立ち止まらずに済むように――そのために、バッジはあるのではないでしょうか」
フェルナー子爵が言葉を詰まらせた瞬間、議場の空気が一段階沈む。
ユルバンが重々しく声を落とす。
「……議題の中心は、王命と制度の調和。
ここからは、制度に沿った判断を前提として、話を進めよう」
議場に静寂が訪れた。
だが、その静けさは、これから始まる火花の前触れだった。




