第34話『王都の風景』パート3:市場と屋台、民の声
市街の中心通りを抜けた先にある広場は、朝の喧騒がそのまま熱を帯びたように賑わっていた。
軒を連ねる露店には、焼きたてのパンや香草入りの肉団子、甘い果実酒の香りが漂い、呼び込みの声と笑い声が交錯している。
「ここが市場かぁ……すごいね」
リリアナは、ぎっしりと並んだ屋台の列を見渡しながら、小さく息を吐いた。
人の波に飲まれないよう、第三部隊は二列に並んで進んでいた。
護衛兵が先頭と最後尾につき、時折振り返って様子を確認している。
ここからは、護衛兵から買い物が許可されたため、欲しいものがあれば全員で止まって買うこととなった。
「野菜も果物もいっぱい……」
ティオがつぶやきながら、露店の端に吊るされた色鮮やかな果実を見上げる。どこか懐かしげな眼差しだった。
「……あの実、クラウスが煮てたよね。すごく、甘かった」
「今夜の献立に、使えそうですね」
その隣で、クラウスが目を輝かせていた。
「乾物の保存状態もいいですし、スパイスも豊富。ここで買い揃えれば、夕食の幅がぐっと広がります」
「食材見て目を輝かせるの、クラウスくらいだよ……」
ノアが笑いながら言ったが、クラウスは真剣そのものだった。
「料理は、兵の士気を支える重要な要素です。隊の命運を担っていると言っても過言ではありません」
「お、おう……なんか重いなあ」
そんなやり取りをしていると、先にいたヘルダス隊の三人が露店の前で足を止めた。
「これ、なあにー?」
キユが指さしたのは、飴細工を並べた屋台だった。
犬や鳥、花の形をした飴が小さな棒にくっついて並べられており、職人が一本ずつ、金属の板の上で形を整えていた。
「これ、食べれるの?」
「食べられるのー?」
「どうぞ、一人一本までね」
屋台の店主が笑って飴を差し出すと、キユ、コヨ、テトは「やったー!」と声を上げて受け取った。
「かみさまのかたち、ほしいのー!」
キユが選んだのは、ライムにそっくりな犬の飴だった。
両手で大事そうに持ったまま、ぺろ、と一口舐めて、目を丸くする。
「……おいしいの!」
次の瞬間、通りすがりの老婆がにこにこと近づき、キユの頭をそっと撫でた。
「かわいい子ねぇ。神さまの眷属みたいだわ」
「ふにゃっ……」
頭を撫でられ、キユは一瞬固まり、続いてじわじわと顔が赤くなっていった。
後ろでテトが口を膨らませる。
「ボクもなでてー!」
「コヨもー!」
「はいはい、みんなかわいいから落ち着きなさい」
ノアが笑いながら二人をなだめた。
その時だった。
人混みの向こうから、誰かが手を振っているのが見えた。
「……?」
ティオが目を細める。
立ち止まり、じっとその姿を見つめた。
地味な色合いの上着、実直そうな表情。
そして、手に持った小さな包み。
「あの人……」
ティオが小さく呟いた。
「砦で……一緒だったね。避難してた……ミルヴァン村の人たち」
その声に、リリアナも足を止めた。
通りの向こう側、数人の村人らしき人影がこちらを見つめていた。
その中に、見覚えのある顔があった。
「――ベラさん! それにユーゴさんも!」
ぱっと笑みを浮かべ、リリアナは手を大きく振った。
「元気だった!? ここで会えるなんて!」
人ごみの中、その声は確かに届いた。
女性――ベラが、驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
隣の男――ユーゴも、力強く頷き、こちらに手を振り返す。
一歩、近づこうとした――その時。
「どいてくれ、通れない!」
「すみません、ちょっと……!」
買い物客たちの波が、その間を割り込んだ。
人の流れが、ふたりとリリアナたちの間を引き離していく。
ベラがこちらを見て、口を動かす。
何か言っていた。でも、声は雑踏にかき消された。
それでも、リリアナは笑って手を振った。
ベラとユーゴは、遠くから深く頭を下げて――そして、静かに背を向けた。
リリアナは目を細めてその背を見送る。
「……無事でよかった」
隣でティオがぽつりと呟いた。
「砦にいた人たちだね……。ちゃんと、王都まで来られたんだ」
コヨとテトも、真剣な表情で頷いていた。
「……また、会えるかな」
ティオの言葉に、リリアナは静かに頷いた。
「うん。きっと」
足を止めた隊列が、再び動き出す。
第三部隊は再び王都の風景の中に溶け込んでいった。




