第34話『王都の風景』パート2:街のざわめき
――王都・午前。
第三部隊の面々は、護衛兵に導かれて街の中心部を歩いていた。
石畳の通りは陽光に照らされ、そこかしこに立つ建物は白と青の塗り壁に彩られ、まるで絵画の中のような美しさだった。
だが、華やかさとは裏腹に、空気には微かな緊張が漂っている。
隊員たちは一列になって進みながらも、それぞれに王都という場所に目を見張っていた。
「うわぁ……建物が、ぜんぶ、すごいのー!」
コヨが仰ぎ見て叫び、隣のテトもそれに負けじと声を張る。
「いしが つるつる! ぜんぶ、ピカピカしてる!」
「それは石材の違いですね。磨きの工程が丁寧なのでしょう」
ラシエルが優しく補足するが、テトは「むずかしいの」と返して首をかしげる。
リリアナは隊列の中央付近で、周囲の空気に神経をとがらせていた。
表面上は穏やかな市民の流れ。
しかし、その視線には確かに「何か」が混ざっていた。
――観察。あるいは、探るような、静かな敵意。
「……ミレイア、何か感じる?」
「ええ。数名、尾行されているわね。敵意までは確認できないけど……王都の“目”は、やはり鋭いわ」
ミレイアがさりげなく視線を動かし、街角に立つ装飾衛兵の一人を見やる。
王城警備の下級兵と思われる男が、一瞬だけ目を伏せた。
「こっちの視線にも気づいてるね」
ラシエルがリリアナの背後で低く囁く。
「表立って動くつもりはないようです。ですが、こちらの行動はすべて記録されていると考えてよいでしょう」
「……わかった」
そんな緊張感とは裏腹に、ノアが隊列の最後尾で陽気に囁いた。
「ねえねえ、王都ってお祭りあるのかな? 出店とか屋台とか……あ、あれ見て、飴細工!」
護衛兵がぴくりと反応する。
「列から離れないように。物品購入は後ほど、許可が下りれば可能です」
「はいはーい……って、ルネ、それ以上にじわじわ寄らないでよ!」
「いや、あの飴の形、見事だと思って……ほら、よく見て。犬の形」
「……あ、ライムっぽい」
「みんな耳のさわり心地で盛り上がってたけど、俺はしっぽ派」
ノアとルネの会話をよそに、ふと前方に人だかりが見えた。
掲示板。王都各所に設置される公示板の一つだった。
「……あれ、何だろ」
リリアナが視線を向けると、ルネが少し前に出て呟いた。
「式典の……予告かな」
貼られていた紙は、王家の印章付きの公文だった。
《王都式典告知――中央軍第三部隊、任命式、明後日正午。場所:王都中央広場》
その名の欄に、はっきりとこう書かれていた。
――リリアナ・アーデル。
周囲の人々がその名前を目にし、ざわめき始める。
「アーデル……あれ? この名前、どこかで」
「ねぇ、あの人じゃない? “紅蓮姫”って……あの子のことじゃないの?」
「えっ!? 本当に!? 見た目も……ほら、金髪で赤い目!」
リリアナが、反射的に一歩下がった。
「な、何……? “紅蓮姫”? 誰のこと……?」
ノアが小声で慌てる。
「いやいや、いつそんな名前になったの!? 聞いてないよ!? 私たちいつから“姫”カテゴリ!?」
そこでティオが口を開く。
「そういえば、砦で子供たちが紅蓮姫ごっこしてたよ。火の剣とか言ってたから、隊長のことかな」
ラシエルが冷静に補足する。
「どうやら、ミルヴァン村周辺の民間人の間で流布した名称のようですね。属性、見た目、立ち居振る舞い……印象的だったのでしょう」
リリアナは、頬を赤く染めて目をそらした。
「ちょ、ちょっと恥ずかしい……」
「でも、いい名前だと思うよ」
マリアが静かに微笑む。
「隊長、砦でも人気者でしたからね」
クラウスも納得の表情で聞いている。
「う……うぅ、なんか……褒められてるけど照れる……」
後ろから、コヨが勢いよく手を挙げた。
「ぐれんひめ!かっこいいの!コヨも、なるの!」
「ボクもなるのー!こう、もえもえする、かっこいいのー!」
「それは無理です」
ラシエルがばっさり否定すると、コヨとテトは「えー!」とそろって叫んだ。
周囲の民衆たちは、半信半疑ながらも「やっぱりあの子たちか……」という視線を送り始めていた。
その中には、ミルヴァン村の避難民の姿もあった。
彼らの顔には、喜びと感動、そして誇らしさが浮かんでいた。
「助けてくれた子……やっぱり……」
「王都で、あの子の名が響くなんて……」
そうした声を背に受けながら、リリアナは前を見据えた。
「……恥ずかしくても、歩かなきゃね。見てる人が、いるんだし」
「うん。前へ、だよね」
ノアが頷き、ルネもひとつ、ゆるく笑って続いた。
「じゃあ……紅蓮姫様。次はどこへ?」
「やめてよ、ほんとにやめて!」
照れるリリアナの背に、日差しがまっすぐ降り注いでいた。




