第33話『揺れる王都』パート5:不穏な気配
夜更けの王都は、かすかに霧を帯びていた。
石畳の道を渡る風は冷たく、どこか重たさを孕んでいる。
屋敷の外へと足を運んだノアは、門のそばで立ち止まった。
「……なんか、空気が変わった気がする」
誰に言うでもなく呟いたその声は、闇に吸い込まれていく。
ふと、門扉の内側――目線よりやや下の位置に、不自然な紙が貼りつけられているのに気づく。
「……?」
ノアは近寄り、その紙を指で摘んで剥がした。
粗末な紙片だが、文字はきれいに書かれていた。
「……ああ、なるほどね」
ノアは少し笑って、けれどその目は笑っていなかった。
誰が貼ったのか、どうやってここまで入ったのかは書かれていない。
ただ、そこに込められた意志は――あまりに明確だった。
「歓迎されてないみたいだね、うちら」
紙片を握ったまま、ノアはゆっくりと屋敷の中へ戻っていく。
ポケットにしまいかけて、思い直したように、それをもう一度見た。
「……これは、隊長に見せとかなきゃ」
そう言って、彼女は静かに歩き出した。
――その頃。王都・貴族街のとある屋敷
重厚な扉の奥。静けさの中に、いくつかの影が集まっていた。
「……名門の名を受けた部隊に、平民の娘が据えられるとはな」
「しかも、それを民は“正しい”とすら思っている節がある。笑止千万だ」
「我らが代々守ってきた秩序を、どこの誰とも知れぬ娘に乱されては困る」
やや年嵩の男が、重く口を開いた。
「国の仕組みは“力”だけでは保てぬ。……民の思い上がりが、“新たな正義”などという幻想を育ててはならん」
別の一人が続ける。
「見せかけの功績に踊らされ、民が味をしめれば、次は貴族の声など誰も聞かなくなる」
「そうなる前に、“声”を届けねばならんな。現実を、な」
沈黙が一瞬、空間を支配した。
そして、さらに一人が低く言った。
「“新たな象徴”など、不要だ。我らには、すでに長く続いてきた秩序がある」
「そうだ。我らのすべきことは、ただ一つ。――風向きを、戻すだけだ」
明言されることはなかった。
だが、言葉の端々に込められた意図は、鋭かった。
火は掲げられずとも、冷たい意志が確かにその場を満たしていた。
――第三部隊の滞在する屋敷
ノアはゆっくりと廊下を歩いていた。
懐の中、まだ微かに冷たい紙片の存在を確かめながら。
「……これ、朝になったら隊長に見せよう」
小さく呟いて、足を止める。
その表情には、笑みも怒りもなかった。ただ、静かな警戒だけが滲んでいた。
窓の外――王都の街には、月光が降り注いでいる。
その光の下で、目には見えない幾筋もの動きが、すでに交差し始めていた。




