第33話『揺れる王都』パート4:それぞれの時間
リリアナ隊とヘルダス隊の面々は、夕食後、それぞれの時間を過ごしていた。
ーー廊下の隅
ノアは、一人で柱にもたれながら、小さな鏡で髪の跳ね具合を整えていた。
「ふふ、どう?ちょっとだけ、大人びた感じ出てない?いや〜、今日はセリスに話しかけられそうな気がするんだよね……!」
小声でつぶやいていたその時だった。
軽やかな足音が響く。
ノアが振り返ると、そこにはセリスの姿。
「っ!?」
慌てて身構えるノアの頭に、セリスが無言で手を伸ばした。
ぽん、ぽん。
小さく、優しく、二度だけ頭を叩くと、そのまま歩き去っていった。
ノアは口を開けたまま、その場に固まる。
「な、な、なに……えっ、今の……ぽんぽんって、え? え? 好感度!? 好感度上がってる!? セリス今、私のこと好き!? それともただの“毛が跳ねてる”って意味……!?」
パニックのまま、一人で壁に手をついてガタガタ震えるノア。
「どっち!?ねぇ!どっちなのーー!!」
ーー屋敷の浴場
ラシエルは湯に浸かりながら、脱力した様子で天井を見上げていた。
「……湯が、いい仕事をしてますね……。この屋敷、思っていたより快適です」
ぶつぶつと独り言を続けながら、どこか満足そうに目を細めている。
「王都の風呂など、気圧と硬水で肌が荒れるかと思っていましたが……。ああ……これはこれで……」
湯気の中で、肩まで湯に沈め、ふぅ……と幸せそうな吐息を漏らす。
「……でもやっぱり、誰も話しかけてこない空間というのは、落ち着きますね」
ーー屋敷の書斎前
リリアナとミレイアは、並んで廊下を歩いていた。
「明日、王都を歩く時は、護衛兵が付く予定だけど。念のため、気を抜かずに」
「わかった。こっちの格好は普段通りでいいんだよね?」
「そうね。シアネ様も言っていたけど、あまり目立たない方が……」
ミレイアは一呼吸置いて、静かに続けた。
「リリアナ。貴族の社会は、理不尽に満ちているの。理屈も、成果も、通じないことがある世界」
「……あー、うん。なんか、わかる気がする。今日だけでももう、感じてる」
「だから、戸惑わないように。あなたが信じるものを、見失わないで」
「……ミレイア、ありがとう」
二人は小さく微笑み合い、そのまま廊下の先へと歩いていった。
ーー屋敷の裏庭
ルネは、夜空を仰いでいた。
その隣に、ティオが小さなランタンを抱えて座っている。
「ルネ……星が、たくさん……」
「うん。王都の空も、案外悪くないね」
「うん……。でも、ローク……まだ寝てるの、さみしいね」
「……だね」
ルネは空を見上げたまま、静かに口を開いた。
「ずっと星を見てたって、雲が来れば隠れちゃう。でも、またそのうち見えるようになる」
「……そう、なの?」
「さあね。たぶん、ってやつ」
風が、夜の静けさを運んでいく。
ティオは、ランタンの灯りをぼうっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ロークも……また、見えるかな……?」
「うん。きっとね」
ーーそして、別室
キユ、コヨ、テトの三人が、布団に潜り込み、寝転んでいた。
「ごはん……おいしかったのー……」
「ぼく、パン十こ たべた……」
「むぎゅむぎゅ ってしてたねー」
「キユねー、お肉、三回 たべたのー……ふふ、まだ たべられるのー」
「コヨね、スプーンで、プリン三つ たべたのー……おいしかった……」
「テーブルの下に パンのかけら いっぱいだった……」
三人はほわほわとした表情のまま、すぅ……と寝息を立てて眠っていった。
いつの間にか、ぴったりとくっついて眠る三人の寝顔は、どこまでも穏やかだった。




