第32話『旅立ちの朝』パート5:王都の門
王都の石畳に、馬車の車輪が静かに響いていた。
王都の門番は、シアネが同行しているというだけで、全員をすんなり通した。
夕暮れの光が、石壁を淡く染めている。
通りを行き交う人々も、どこか落ち着いた足取りだった。
リリアナたちの馬車は、城下の繁華街を抜け、やがて高級住宅街へと入っていく。
窓の外、白く整った石造りの建物が続いていた。
「……きれい」
コヨが目を輝かせ、ため息のように漏らした。
キユも興味津々で、身を乗り出す。
「すごいなー。ここに住んでる人は、ここでの人生があるんだよね」
リリアナは微笑みながら、王都の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
灰の砦とは、何もかもが違う。
――空気の匂いすら違う気がする。
そのとき、ルネがぼそりと呟いた。
「……なんか、全部きれいすぎて逆に落ち着かないな。転んだら怒られそう」
「それは、さすがに大げさよ」
ミレイアが苦笑する。
「いや、絶対あるって。俺が砂とか泥つけた瞬間、見えない糸で引きずり出される未来が見える」
ノアが吹き出した。
「ルネ、幻覚見えてない?」
ルネも軽く笑った。
そんなふうに、いつものやり取りが車内に広がり、少し緊張していた空気が和らいだ。
やがて、隊列を導く護衛兵が馬を止める。
リリアナたちの目の前に現れたのは――
白壁に囲まれた、立派な屋敷だった。
門の鉄飾りは過剰ではなく、品の良い曲線を描いている。
壁に彫られた紋様も控えめで、ただしっかりと「上級階級の建物」であることを主張していた。
リリアナは思わず見上げた。
(……すごい……これが、私たちの滞在先……)
馬車の扉が開かれ、リリアナたちは順番に地面へ降り立った。
すぐに、屋敷の執事らしき男が出迎える。
「ようこそお越しくださいました。ご滞在中、何不自由なきよう努めさせていただきます」
「……よろしくお願いします」
リリアナは、少し緊張しながら返した。
周囲では、ノアやティオ、ヘルダス隊たちがそれぞれ荷物を引きずったり背負ったりして、周りをきょろきょろと見回している。
ロークを乗せた馬車は、この後治療機関へ移送するらしく、そのまま待機させている。
キユが屋敷を見上げながら、小さく囁く。
「……おっきい……ここで、みんな、ねるの?」
「うん。……でも、あんまり暴れないでね」
リリアナは苦笑して答える。
それを聞いて、コヨもテトもぴしっと背筋を伸ばした。
「りょーかい!」
そこへクラウスがぽつり。
「……僕たちがここを出るとき、弁償の責任とかはハウゼン将軍でいいんですかね」
ラシエルが即座に低い声で突っ込む。
「……不吉なことを言わないでください」
また、誰かが笑った。
その小さな笑いが、夕暮れに包まれる屋敷の前で、ほんのわずかに、旅人たちの心を温めた。
――これから待っているのは、簡単な道ではない。
だが、どんなに空気が変わろうとも。
彼らは、背負った名と意志を胸に進んでいく。
静かに、屋敷の門が音もなく開いた。
リリアナは一歩、王都の中へ踏み出した。




