第30話『暁に紡ぐ』パート1:薪割りと少女
――灰の砦、裏庭。
まだ陽が昇りきる前の、涼しい朝。
斧が振り下ろされる音が、静かな空気に鋭く響く。
ドランは黙々と薪を割っていた。
息を吐き、木を並べ、斧を振り上げ、振り下ろす。
無駄のない動きだったが、どこか、いつもより勢いがある。
(……寝るより、動いてた方が楽だ)
昨日、坑道で命を救われた民間人の列。
崩れる天井。
リリアナ隊の顔。
そして――
「……」
背後に、気配があった。
ドランは薪を並べ直しながら、あえて振り返らなかった。
斧を振り上げる。
カンッ。
「……じー」
「……」
「じーーーーーーー」
「……やることないなら、手伝え」
薪を積み上げたまま、ドランがぼそりと口を開いた。
その言葉に反応した小さな気配が、音もなく隣に立つ。
けれど、何をするわけでもなく――その小さな声が響いた。
「斧がもてないよ~♪ 木を割りたいのに~♪」
「……は?」
さすがに横を見た。
そこには、ぐるぐると包帯に巻かれた両腕を、誇らしげに突き出すヘルダス隊の隊長――キユの姿があった。
「ほら、うごかないのー。すごいでしょ」
「………」
見れば見るほど、包帯の巻きっぷりがすごい。
指先だけしか見えていない。
極大魔法の反動。
キユが命を削って凍らせたあの魔法が、坑道を、民間人を、兵士たちを――ドラン自身を救った。
「……その、助かった。あのとき、おまえがいなきゃ、俺も……」
感謝の言葉を口にするのは慣れていない。
それでも、ドランは薪を見つめたまま、ぽつりと礼を言った。
けれどキユは何も言わなかった。
ただ、じーっとドランの顔を見上げていた。
「……な、なんだ」
「にやにやしてるー」
「してねえ!」
少し顔が熱くなるのを、ドランは斧を構え直す動作でごまかした。
「……わかった。今度、肉やるから、向こう行け」
「えごまは?」
「……は?」
「キユちゃん、えごま すき~」
「……っ、わかった、えごまも持っていく。取れたてのやつだ」
「やったー!」
嬉しそうに跳ねるようにして、キユはくるりと背を向けた。
「斧がもてないよ~♪ 木を割りたいのに~♪」
また歌いながら、ゆっくりと歩き去っていく。
ドランはしばらくその小さな背中を見つめていたが――
ふっと、斧を手に取り直すと、再び薪に向き合った。
「……騒がしいやつだ」
カンッ。
静かな朝に、薪を割る音がまたひとつ響いた。




