第4話『魔法と剣』 2
「さて、次はもっと厳しくいくわよ」
ミレイアは風の刃を軽く振るいながら言った。
リリアナは荒い息を吐きながら、地面を蹴る。
「……これ以上厳しくなるの……?」
「当然よ。あなたは戦場にいるの。敵は待ってくれないわ」
ミレイアの声は冷たい。
「いい? 炎を撃つことが目的じゃない。"敵に当てること"が目的なのよ」
リリアナは拳を握った。
(わかってる……!でも……)
彼女はさっきから何度も炎を放っているが、一度もミレイアに当たっていない。
(動く相手に当てるのが、こんなに難しいなんて……)
ミレイアは微かに微笑む。
「あなたはまだ"炎の流れ"を理解していないわね」
「炎の流れ……?」
「ええ。さっき魔力の流れを意識して炎を出せるようになったでしょう? でも、それだけじゃダメ。炎を"どう飛ばすか"も考えないと」
リリアナは息を呑む。
「……どう飛ばすか」
「炎は"ただ出せばいい"ものじゃないの。"どこに、どう飛ばせば当たるか"を考えるのよ」
ミレイアは手を振ると、風の刃がリリアナの横をすり抜けた。
「さっきも言ったけど、敵は止まっていてはくれないわ。むしろ、あなたの攻撃を見て"次にどう動くか"を決めるのよ」
リリアナは歯を食いしばる。
(そんなの……考えたこともなかった)
「じゃあ、もう一度撃ってみて」
「……っ!」
リリアナは両手を開き、炎を呼び出す。
ボッ……!
小さな炎が灯る。
(どうすれば、当たる?)
ミレイアの動きを読む――
そう考えた瞬間、ミレイアが軽く身を翻した。
「……もう動いた!?」
「当然よ。あなたの構えを見たら、次の動きくらい予測できるわ」
ミレイアは余裕の表情を浮かべている。
「さあ、次はどうするの?」
リリアナは拳を握りしめた。
(……考えろ。動きを予測するのは私も同じ!)
次の瞬間、リリアナは炎を放った――
ヒュッ……
ミレイアの動きを読んで、ほんのわずかに軌道をずらして撃った炎――
「……ふふっ」
だが、ミレイアは笑いながら身を翻し、炎をすり抜けた。
「悪くはないわ。でも――」
次の瞬間――
ヒュンッ!
風の刃がリリアナの目の前をかすめた。
「きゃっ……!」
「敵もあなたの狙いを読むのよ」
ミレイアの声は容赦がなかった。
「あなたが"次はこの動きで当たる"と思っても、敵が同じように考えていたら無意味よ」
リリアナは息を呑む。
(そんな……)
(じゃあ、どうすれば……?)
ガレンは腕を組んだまま、静かに呟いた。
「……まるで、本物の戦場だな」
ミレイアの訓練は、決して甘くなかった。
リリアナは歯を食いしばりながら、立ち上がる。
「……もう一度」
ミレイアは満足げに微笑んだ。
「いいわ。じゃあ、次は少し難易度を上げるわね」
「……え?」
「"攻撃を避けながら、正確に当てる"ことができるかしら?」
リリアナの背筋が冷たくなった。
「まさか……!」
「いくわよ」
次の瞬間――
ミレイアの風の刃が、リリアナに向かって飛んできた――!
ヒュンッ!
鋭い風の刃がリリアナの顔をかすめた。
「っ……!」
リリアナは反射的に身を引く。
ミレイアは容赦なく、次の風の刃を放った。
「避けるだけじゃダメよ。攻撃しながら、敵の攻撃を見極めるの」
(そんなの、言うのは簡単だけど……!)
リリアナは汗を拭う暇もなく、必死に風の刃をかわしながら距離を詰める。
(今の私の炎じゃ、遠距離からじゃ当たらない……!)
ならば――
リリアナは足を踏み込んだ。
「はぁっ!」
掌に炎を灯し、至近距離からミレイアへと向かって放つ。
ボッ!
だが――
スッ……
「……甘いわね」
ミレイアは驚くほど滑らかに身を翻し、炎を避けた。
「えっ……!?」
「動きが単調なのよ。敵があなたの攻撃に合わせて動くことを、もっと考えなさい」
リリアナは歯を食いしばる。
「じゃあ……!」
炎をもう一度放とうとする――が、その前に。
ヒュンッ!
「くっ……!」
またもや風の刃が飛んできた。
(攻撃しようとすると、隙を突かれる……!)
攻撃を当てなければ意味がない。
でも、防御を考えないと、こちらがやられる――
(どうすれば……!)
リリアナは息を呑む。
「考えなさい。あなたがどう動けば、相手の隙を突けるのか」
ミレイアの声が響く。
「戦場では、"攻撃するための動き"が重要なのよ」
リリアナは息を整える。
(……動きを読むんじゃない。敵の"行動を誘導"する……?)
ガレンが腕を組んだまま、じっと見ていた。
(……気づいたか?)
リリアナは次の瞬間、敢えて無防備に見える動きをした。
(このままじゃ、攻撃を受ける……!)
当然のように、ミレイアが風の刃を放つ。
だが――
「……今!」
リリアナはその場で急停止し、逆方向へ飛んだ。
ミレイアの風の刃が空を切る。
(ミレイアの攻撃の間隔……見切った!)
リリアナは炎を生み出し、すぐに投げつけた。
ボッ!
「ふふっ……」
ミレイアの唇がわずかに上がる。
炎が、彼女の腕をかすめた。
「……っ!」
リリアナは息を呑む。
(今、当たった……!?)
ミレイアは静かに腕を払い、かすかに残った炎を消す。
「上出来ね」
リリアナは膝に手をつき、荒い息を吐いた。
「……やった……!」
ガレンがにやりと笑う。
「おいおい、やっとかよ」
リリアナは睨みながらも、どこか嬉しそうだった。
ミレイアは微笑みながら言った。
「ここまでは魔力を使うことに馴れる訓練よ。制御さえできれば今みたいにただ放出するだけではなく、いろんな使い方ができるようになるわよ」
リリアナは、拳を強く握りしめる。
(私は……戦えるようになってきてる)
しかし、これはまだ序章にすぎなかった――。




