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戦場の紅蓮姫  作者: エル
坑道編
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第29話『光の下へ』パート4:ありがとう

灰の砦の裏手、夜明け前。


喧騒が一段落し、砦全体にようやく静けさが戻っていた。


その一角、仮設の療養室の中。

ロークは、静かに眠っていた。


白布のかけられた簡素な寝台。

その横で、マリアがずっと椅子に座り続けている。


彼女の目は腫れていたが、今は涙は流れていない。

時折、そっとロークの額に手をかざし、呼吸の安定を確認していた。


 


「……大丈夫。今は、ゆっくり眠って」


マリアがそう囁いたとき――


扉の外から、複数の足音が近づいてきた。


 


 


療養室の外。

リリアナたちリリアナ隊が、砦の通路を進んでいた。


ミレイア、ティオ、セリスに加え、後方には民間人を見送った直後のドランとヘルダス隊の数人の姿もある。


扉の前で、足を止めたリリアナのもとへ、ノアたちが駆け寄ってきた。


 


「リリアナ……!」


 


「ノア!」


ノア、ルネ、ラシエル、クラウス――。

それぞれの顔に、安堵と疲労の入り混じった表情が浮かぶ。


リリアナは駆け寄ってきたノアを見て、ほっと肩を落とした。


「よかった、みんな……無事だったんだね……!」


 


「うん、なんとか。こっちも色々あったけど……無事、帰ってこれた」


ノアがそう言いながら、ちらりとセリスの姿を見る。

その瞳には、いつもと違う静かな色があった。


――ずっと、気になっていた。

崩落に巻き込まれていなかったか。魔法の反動で倒れていないか。


無口な彼だから、何も言わない。

けれど……生きていてくれた。


セリスはノアの視線に気づくと、ほんの一瞬、目を合わせ、黙って一度だけ頷いた。

それだけで、ノアの胸に何か熱いものがこみ上げてきた。


 


 


その横では、ティオがラシエルの手元に目を止めていた。


「……ラシエル。手のひら……血が……」


「えっ……」


ラシエルが自分の手を見下ろす。

細かい裂傷があり、血が乾きかけていた。


「……ああ、岩を押したとき……ですかね。気づいてませんでした」


「だめだよ……ちゃんと治さなきゃ」


ティオが心配そうに眉を下げ、ラシエルの手をそっと握った。


「あとで、マリアさんに診てもらおう? ね?」


 


ラシエルは一瞬、戸惑ったような顔をしたあと――

ほんの少し、頬を染めてうなずいた。


「……わかりました」


 


 


その様子を背に、リリアナは、ノアに小声で訊ねた。


 


「……ロークのこと……聞いた。……死にかけてたって……」


 


ノアは頷いた。


「うん。……でも、大丈夫。今は、眠ってる。ちゃんと息してる」


 


「会わせて。……私たちも、行く」


 


 


リリアナを先頭に、仲間たちが療養室の扉を開ける。


中には、ロークが穏やかな表情で眠っていた。


その傍らに、ずっと付き添っていたマリアの姿。


マリアは顔を上げて、リリアナたちを見ると、小さく微笑んだ。


「……みんな、無事だったんだね」


 


「マリア……ありがと。……ずっと、そばにいてくれたんだ」


 


リリアナはそっと、ロークに近づいた。


剣を振るい、命を張って、仲間を逃がすために残った男。


その命が、今ここにあることが、信じられないほどの奇跡だった。


 


「ローク……」


 


リリアナは、そっと彼の手を取った。


顔色は良くない。

けれど、冷たくはない。

確かに、生きていた。


 


「ローク……帰ってきてくれて、ありがとう」


その一言が、ようやく口からこぼれた。


 


その場にいた全員が、言葉を失って立ち尽くしていた。


誰も、声を出せなかった。


ただ、ロークの安らかな寝息と、かすかな夜風だけが、その場を包んでいた。


 


 


やがて――


部屋を出たあと、リリアナは中庭へと歩いた。


そこには、出迎えていたヘルダス隊の面々。


ずらりと並び、小さな身体で整列していた。


先頭には、コヨの姿。


 


リリアナが歩み寄る。


「コヨ。あなたたちが……ロークを、助けてくれたんだってね」


 


「うん……でも、ローク殿、がんばった。いっぱい、がんばってた」


「みんな、すごく、まもってた」


 


「……本当にありがとう。命を、助けてくれて」


 


リリアナは、そっと手を伸ばした。


コヨの頭を、優しく撫でる。


 


「えへ……」


 


コヨが目を細めて、きゅっと笑った。


その笑顔は、戦場に戻った者たちにとって、何よりも眩しい光だった。


 


 


そして、空が白み始める。


長い夜が、ようやく終わろうとしていた。



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