第29話『光の下へ』パート3:再開と別れ
灰の砦が見え始めた頃、民間人たちは皆、無言でその光を見つめていた。
やがて、砦の門が開き、一行はゆっくりと中へと入っていく。
最初に歓声が上がったのは、砦の中に既に避難していた民間人たちの元へと、誰かが駆け寄ったときだった。
「……お母さん!!」
叫ぶような声とともに、小さな少年が駆け出す。その先には、泣きながら手を広げる女性。
「よかった……生きてて……っ!」
二人は抱き合い、その場に座り込んで泣きじゃくった。
少し離れた場所でも、別の再会があった。
「兄ちゃん!?兄ちゃんだ!」
がれきにまみれた姿のまま、青年が倒れ込みながらも兄に駆け寄る。
「まさか……お前が……!」
声にならない言葉が交わされ、肩を叩き合って涙する二人。
だが、すべてが再会の涙とは限らなかった。
ある女性は、砦の広場の中央に立ち尽くしていた。
「……嘘……まだ、来てないの……?」
彼女は周囲を必死に見回しながら、誰かの名前を呼ぶ。
その姿に、誰もが言葉を失った。
「……いたはずなの。あの人、先に逃げたって……」
次第にその声は震え、足元に崩れ落ちる。
「どうして……」
彼女の背を支えるように、別の避難者がそっと寄り添った。
他にも、家族を見つけられず、手を組んで祈り続ける老婆。
「孫が……小さな子で……名前は……名前は……」
その声は、砦の石壁に吸い込まれるように消えていった。
砦の北側、もともと民間人に占拠されていた倉庫と食堂にも、ようやく少し余裕が戻りつつあった。
これまで避難していた民間人の中には、既に希望者が王都へ出発していたためである。
その全てを指揮したのは、他でもない――
シアネ・クリスタル・フォン・エルデだった。
「この家族は、二番馬車へ。同郷の方が先に向かっているはずです。ご案内を」
彼女は騎士の制服に身を包み、砦の中央に立ち、次々と馬車の手配を進めていた。
「足の悪い方がいます。付き添いの者をもう一人――」
「この子は身寄りがないの? 一時的に保護班の方へ。王都の孤児院へ連絡を取って」
「かしこまりました!」
砦の入口には、すでに十数台の馬車が並んでいた。
家族が揃っている者、身元がはっきりしている者から順に、馬車へと乗せられていく。
それは無秩序ではなかった。
全ての采配を、シアネが淡々と、そして冷静に進めていたからだ。
民間人の間では、ある噂が囁かれていた。
――最初は、将軍ハウゼンが馬車の手配を進めていた。
だが、うまく進まず、見ていられなくなったシアネが、代わりを申し出たらしい。
その真偽はともかく。
今、この砦で一番冷静に動いているのは、彼女だった。
夜の砦に、再会の声と別れの声が交差する。
民間人たちはそれぞれの選択を胸に、また明日も生きていく。




