第26話『還らぬ光』パート6:夜空はまだ遠く
氷の階段を登りきった一行は、ようやく上層の坑道へと戻ってきた。
だが――
外の気配は、まだ遠かった。
「……まだ地上には出られないか」
ノアが苦く呟く。
前方に広がるのは、暗く曲がりくねった通路。
松明の光に照らされた坑道は、あちこちが崩れかけ、足場も悪い。
「まだ……結構、距離あるね……」
ルネが額の汗を拭う。
マリアは民間人たちに目を向けた。
疲れきった顔、擦り傷だらけの手足。
それでも、誰一人諦める様子はなかった。
(絶対に、外まで連れて行く……!)
マリアは心の中で強く誓った。
クラウスは、背中に負ったロークを慎重に支え直す。
ロークの呼吸は弱いながらも続いていた。
(ローク、絶対に助けるから)
ノアが小さく手を上げ、全員に指示を出す。
「慎重に進む。瓦礫に足取られないように。――外に出るまで、気を抜かないで」
「了解!」
「はい!」
仲間たちが小さく応じる。
民間人たちも必死に頷き、重い足取りで歩き始めた。
坑道内の空気は、ひどく湿っていた。
天井からは時折、ぽたぽたと水が滴り落ちる。
踏み締めるたび、靴の下で砂がぐしゃりと音を立てた。
「ここの上、……だいぶ脆いかも」
クラウスが低く警告する。
「荷重を分散させよう。隊列、広げて」
ノアが素早く指示を出す。
民間人を中央に寄せ、武装した兵士たちが周囲を囲む。
一歩進むたびに、何かが軋む音がした。
砂塵が舞い、息苦しいほどの空気が肺を満たす。
それでも――彼らは進み続けた。
(リリアナたち……)
ノアは歩きながら、ふと考えた。
(――今、どこにいるんだろう)
リリアナたちも、この坑道に潜っていた。
だが崩落の混乱の中で分断され、それきり音沙汰がない。
無事なのか――
それとも、もう――
(そんなわけない!)
ノアは思考を振り払った。
(リリアナは、絶対に生きてる。あの人なら、必ず……!)
仲間たちも、民間人たちも、無言で必死に前へ進んだ。
――さらに歩き続け
前方に、微かな空気の流れを感じた。
「……風が」
ルネが顔を上げる。
「地上が近いかも……!」
ラシエルが小さく息を呑む。
ノアが振り返り、みんなに声をかけた。
「もう少し!最後、頑張ろう!」
民間人たちも、力を振り絞るように歩を速める。
子供たちは手を引かれ、老人たちは肩を貸されながら、ひたすら前へ。
そして――
坑道の先、かすかな光が見えた。
「……!」
マリアが思わず声を上げた。
小さな光だ。
だが、それは確かに"地上"から差し込む夜の光だった。
「出口だ!!」
ノアが叫び、全員が顔を上げた。
疲れ切った足を必死に動かし、
瓦礫を乗り越え、
狭い穴を抜け、
そして――
ついに。
坑道の外へと、踏み出した。
外の世界は、夜だった。
冷たい夜風が肌を撫で、遠くで虫たちの声がかすかに聞こえる。
頭上には、無数の星が輝いていた。
「……帰って、きた……」
マリアとラシエルが涙を浮かべながら、夜空を見上げた。
ルネも、クラウスも、ノアも――
全員が、無言で星を見つめた。
生きて、ここにいる。
それだけで、奇跡だった。
だが。
ノアは、すぐに坑道の方を振り返った。
(リリアナ……セリス……ティオ……ミレイア……)
彼女たちは、まだあの暗い坑道の中だ。
崩落のあと、どうなったのか。
無事なのか。
生きているのか。
それすらわからない。
(待ってて……絶対に、助けに行くから)
ノアは、強く拳を握った。
まだ――
戦いは終わっていなかった。




