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戦場の紅蓮姫  作者: エル
坑道編
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第26話『還らぬ光』パート3:砕けた誓いに祈りを

――換気が始まって、どれだけの時間が経っただろう。


ヘルダス隊の風班が、休みなく風を送り込み続けていた。


小さな身体で、精一杯。 誰一人文句も言わず、必死に空気を循環させていた。


 


「……もう、いいはず」


キユが判断すると、すぐにテトに指示を飛ばした。


「テトくん!もっかい行って!」


「はーい!」


テトはふたたび小さな身体を滑り込ませ、瓦礫の穴をくぐった。


 


ノア、マリア、ラシエル、ルネ、クラウス。 民間人たちも――誰もが固唾を呑んで、見守っていた。



「息、大丈夫ー!」


テトの声だけが、坑道に響く。



「テトくん!脈、呼吸、確認!」


「はーい!」








テトの降りていく足音だけが、微かに聞こえる。 


 






その場にいる誰もが、祈るように目を閉じた。









(ローク、お願いだ……)









ノアは喉が引きつるのを感じた。










マリアは両手を胸の前でぎゅっと握り締めた。










ラシエルも、ルネも、クラウスも、息を殺して待った。







 


そして――


 










「脈……ない」


 












遠くから聞こえるテトの声が、静かに、確かに坑道に落ちた。


 








 


一瞬で、世界から音が消えた。


 






 


ラシエルは、崩れるようにその場に座り込んだ。


「……いや……やだ……やだぁ……!」


それでも涙を堪えようとした。


けれど無理だった。

 

「わたし……っ……ロークを、助けられなかった……っ……!」


呻くような声とともに、ラシエルの肩が震えた。






次の瞬間――


「ローク……っ……!」

 

叫び声とともに、マリアは顔を両手で覆い、号泣した。


坑道の空気を震わせるほどの、嗚咽。


立っていられず、崩れ落ちるマリア。


マリアも、もう耐えられなかった。


「……っ……ロークっ……!」


涙が溢れ、膝をついた。






 


ノアも、クラウスも、ルネも。 誰もが、拳を握り、顔を伏せ、声を押し殺した。


 





ローク――


あんなに明るく、仲間想いだったロークが。


誰よりも優しく、誰よりも強かったロークが――


 


こんな、坑道の奥深くで――


たった一人で――


息絶えたというのか。


 


「……っ……!」


ノアは奥歯を噛み締めた。


何もできなかった自分を呪った。


ルネも、拳をぎゅっと握り締め、肩を震わせた。


クラウスも、ロークと過ごした日々を思い出し、両手を地面に付けた。




 


(ローク……)


(ごめん……)


(ごめん、ごめん……!)


 




涙で滲んだ坑道の闇が、全員を包み込んでいった。


 






せめて………







どうか………















「………あのね!」








 


突然、穴の向こうから、テトの声がした。






 









誰もが顔を上げた。


 


 









「すごく小さいけど……呼吸、ある!」


 


 







一瞬、誰も意味を理解できなかった。









 


「………え?」


マリアが呆然と呟く。


 



「……今、なんて……?」


ルネが顔を上げる。


 



「……呼吸?」


クラウスが戸惑った声を漏らす。



 


ノアも混乱したまま、テトに向かって叫んだ。


「……それ、本当なの!?」


 




 


穴の向こうから、小さく力強い声が返ってきた。






 


「ほんと!息、してる!」


 






「脈は!?」

キユが聞いた。



「脈、ない!」

すぐに返事が来た。



「テトさん!脈はどうやって測ってる!?」

マリアが割り込む。



「手、握ってる!」



テトは、ロークの手を、握手のように握っていた。



「ドクンドクン、ない!」




「胸の音聞いて!耳を当ててみて!」

マリアが指示を飛ばす。




「……………脈、ある!ドクンドクン、ある!」





「風班!水班!穴、広げて!」

キユが動いた。


「はーい!」

「ローク殿ー!」

「はやくー!」





「――生きてる!」


マリアが泣きながら、崩れた声で叫んだ。


 


「ローク、生きてる……!」


ラシエルも涙をぼろぼろ流しながら、声を上げた。


 


ノアも、ルネも、クラウスも。


全員が、一瞬前までの絶望から、驚きと喜びに押し流されていた。


 


ラシエルは、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、穴の方へ手を伸ばした。


「ローク……! ローク……!」


 


マリアも必死に叫ぶ。


「ローク……!」


 


民間人たちからも、小さな歓声と泣き声が上がった。


 


ノアは、胸の奥にこみ上げる熱いものを押さえきれなかった。


 


(ローク……!)


(……生きてる……生きてるんだ!!)


 


誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが両方同時にやった。


音の消えた世界に、確かな"光"が生まれていた。


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