第23話『封鎖戦域』パート1:狂気の支配者
――ローク、マリア、ラシエルの三人は、また別の通路を歩いていた。
分岐を数回、勘を頼りに進み、天井の低い部屋のような場所へ出た。
「人がいる……!」
マリアが指差した先には、崩れた梁の影で倒れている人影があった。薄い布に包まれ、手足を縄で縛られている――民間人だ。
「……囚われてたんだな」
ロークが顔をしかめながら近づく。崩れた岩陰には、同じように拘束された民間人が十人ほど横たわっていた。
「拘束外しますね。周囲の警戒お願いします……」
「あぁ」
この場所には今歩いてきた道の他に、正面に一本、左に細い通路が一本続いていた。
ラシエルが水の刃を細く操り、民間人の縄を切っていく。マリアは一人ずつ呼吸と脈を確認し、治癒魔法で最低限の回復を施していた。
「……ロープの摩擦跡、かなり深い。どれだけ長く……」
マリアが手当てに集中していたとき、奥の通路からわずかに気配が動いた。
「……誰か来る」
ロークが低く告げた。
足音。複数人の重い足取り。
「前方の通路から敵。五人以上……いや、もっとだ」
「後ろからも来てますね」
ローク達が歩いてきた道からも複数の足音が近づいてくる。
「全員ゆっくりなら歩けるけど……どうする?」
マリアが焦る声で言った。
「左側の通路!狭いが通れる!順番に通すぞ!」
ラシエルがすぐに民間人たちを誘導し始め、マリアが治癒と声かけでサポートに回る。
そのときだった――
「いたぞ!逃がすな!」
松明を掲げた敵兵たちが通路から現れる。その中の一人がロークを指さした。
「カイル様!あいつです!フレスト砦で我々を邪魔した男!」
「っ……あなた、あの時の……」
ラシエルが目を見開いた。
――フレスト砦でやり合った魔法兵だった。
(逃げ延びていたのか)
ロークが鋭く睨む。
「あー……」
闇の奥から、ずるりと何かが引きずられるような音が響いた。
現れたのは、背の高い男。皮の鎧に血がこびりつき、歪んだ笑みを貼り付けている。
「よう。俺の“所有物”に触ったの、てめぇか?」
ロークに向かって、まるで昔の知り合いに声をかけるような口調だった。
「あれが……カイル……」
ロークが剣を構える。
カイルは例の魔法兵を無理やり引き寄せ、肩を掴んでこちらへ顔を向けさせた。
「なぁ、てめぇ……なんで始末しなかった?」
「ひ、ひぃっ……! も、申し訳……ぐあっ!?」
返事を聞く間もなく、カイルは短剣で魔法兵の胸を突き刺した。
だが、それだけでは終わらない。
次は腕を、その次は腹を、そして肩、膝、首の近く――
そのまま何度も、何度も、何度も――
「命令ってのはな、守るためにあるんだよ。……なぁ?なぁ?なぁって言ってんだろ、なぁ?」
「……っ……」
ラシエルの手が震える。マリアは顔をそむけ、目を見開いたまま動けなかった。
崩れ落ちた魔法兵の亡骸を前に、カイルは返り血を気にも留めず、じっとロークたちを見下ろす。
「で、てめぇらは……なんで俺の“もの”を勝手に触ってんだ?」
その目は狂っていた。理屈も道理もなく、ただ「自分のものを奪われた」ことにだけ執着している。
ロークが低く呟く。
「ラシエル、マリア……急げ。村人たちを先に通せ」
「てめえいかれてんのか?他人の物勝手に持っていっていい訳ねぇだろ。そんなに欲しいならまずその二人よこせ」
カイルはラシエルを指さした。
ロークはラシエル達を庇うようにカイルとの間に割って入り、剣を構えながら後退りをした。




